『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント 繋がる国語科 アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

福島県の小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。

当ブログの内容は、全てなおたかの個人的見解です。


『学び合い』のあれこれ

楽しさと限界と

訳あって、今週は2年生の国語の授業をやらせてもらっています。授業をしていると、担任の先生がしっかりと授業をなさっていることが分かりますね。学びに前向きな雰囲気!おかげで、めちゃくちゃ楽しく授業できています。 来週までなので、『学び合い』では…

弱さ

私は弱い人間です。苦しんでいる子に気づいてしまったら、見て見ぬ振りができません。どうすれば助けてあげられるのかを考えると、心が乱れ、寝られなくなります。周囲に対して攻撃的になってしまうこともあります。 今も苛立ちが心臓の辺りを這いずり回り、…

コラボレーション

昨日もご紹介した仙台『学び合い』の会 仙台『学び合い』の会~コラボノチカラ2019~ 2019年6月15日〜2019年6月16日(宮城県) - こくちーずプロ(告知'sプロ) この企画の売りは「異質な方が集まる」ということ。五嶋さんは私の心のホームグラウンドである…

仙台の会

まだ先の話ではありすが… 仙台『学び合い』の会~コラボノチカラ2019~ 2019年6月15日〜2019年6月16日(宮城県) - こくちーずプロ(告知'sプロ) 6月に仙台で『学び合い』の会を開催します。絶対に面白い会になります。新年度がスタートしないとなかなか予…

情を抱いて利を語る

今日の授業では、ちょっと情に訴えるような語りをしてしまいました。 「今日のみんなの学び方を見ていたら、俺は苦しくなったよ。困っている人が一人なら、俺が助ける。でも、5人いたらどうしようもない。助けたくても助けられない。困っている人を見て、苦…

やっぱり可能ですね

6年生の理科は「電気と私たちのくらし」の単元。単元『学び合い』です。 今日の姿を見ながら、ちょっと嫌な言い方ですが「やっと満足のいくレベルの単元『学び合い』になったなあ」と感じました。「完璧」というわけではありません。でも、心配せずに見てい…

地続きの場

土日は、組合の学習会を主催した。参加者が12名ほどの小さな会だけれど、私にとっては非常に充実したものになった。参加者の方々も、それなりに満足してくれていたら嬉しい。皆さん大人なので「楽しかったです」「また来たいです」と言ってくれる。それが…

詰め込み過ぎた

今日は5年生で授業。 担任なら新学期のスタートに朝の会に始まり、1校時目から6校時目、帰りの会まで、ちょこちょと小分けに語り直しができる。だが、専科はそうはいかない。「語り直し用プレゼン」を作成し、コンパクトにまとめたつもりだったが、焦点化し…

みんなが「できる」から「伸びる」へ

今、依頼をいただき「『学び合い』の1年間」について原稿を書いている。非常に難しい。というのも、私の授業では、授業の主体を可能な限り「子供たち」に移したいと思っている。当たり前だが、子供たちは毎年異なる。だから、どんな授業になっていくかは子…

課題づくりをもうちょっと

「ねらい」を明確にした上で、課題をつくる。 当たり前のようだけれど、「じゃあ、ねらいって何?」と考えると、それがなかなか難しく感じる。 「どんな力をつけたいの?」 「どんな姿を目指すの?」 そう自問してみても、答えを出すのは簡単じゃない。 こう…

課題づくりの一端

『学び合い』を始めた当初、多くの方が課題づくりに悩むそうだ。 完全に教員主導の授業は、「やること」積み重ねでも一応は成り立つ。極端な例で言えば、児童は「話を聞く」「黒板に書かれたことを写す」の2つしか「やること」がない授業もありえる。 もし…

取り残されないように

前回のエントリーに対して、様々な反応をいただいたので、もう少し書いておこう。 最近、久しぶりにTwitterを再開した。それは、日本全国に私が存じ上げない『学び合い』実践者がいて、様々な場で活動している様子が分かるからだ。Facebookは「知り合い」以…

時代は変わるよ、きっと。

あるところで、『学び合い』を 「西川純先生が考案した学習法」 と紹介している文章を発見した。多分、お書きになったのは非常に若い方だろう。『学び合い』実践者の中には 「『学び合い』は『学習法』ではない。やり方ではない。考え方だ!」 と訂正したく…

楽しい2学期でした。

2学期の最後の授業が終わると、全員が揃って 「2学期、ありがとうございました」 とあいさつをしてくれるクラスがあります。きっと担任の先生があいさつをするように、事前に話しているのでしょう。以前の私なら 「強制的に言われる御礼なんて要らないよ」 …

横に広げる

私の今までの授業は「縦に突き進む」方向性が強いものでした。子供たちに「もっと!」と求める。授業をレベルアップさせていく。そういうものを私は「縦に突き進む」授業と呼んでいます。 一方、集団の枠を広げる授業を「横に広げる」授業と呼んでいます。合…

緩み具合

複数時間の『学び合い』や単元『学び合い』をやっていると、時々、子供たちの学びが緩む時間帯があります。ずっとハイテンションな学びを継続することは難しいですから、ある程度は仕方ないのでしょう。できることなら、そこから自分たちで復帰できる集団に…

それは、名前の問題ではない。

過去に何度も聞いたし、今でも度々聞く言葉。 「『学び合い』という名前のせいで、多くの教員は『学び合わせよう』と強制する。『学び合い』という名前がよくない」 これ、名前のせいだろうか。 もしも『学習者主体授業法』という名前だったら「『学習者主体…

無駄な時間、無駄なこと

私には意地悪な面があって、「子どもたちが“簡単”に答えを導き出して欲しくない」と考えてしまいがちだった。迷うことに意味がある、悩むことに意義がある、そんな風に思ってもいた。 が、それは間違いだったと思う。簡単に分かる問題ばかりじゃつまらないだ…

些細な違い

以前、ある方から「ほとんどの教員にとって、『学び合い』と◯◯の区別なんてつかないんだよ。そんな些細なことにこだわってどうする!」と指摘を受けたことがある。その瞬間は、心底驚いた。『学び合い』と◯◯。全く違うものじゃないか!『学び合い』は理論で…

祈るような思い

単元『学び合い』のような長い期間で課題を出す『学び合い』が機能するには、自分たちで自分たちをコントロールできる必要があると考えています。今日の授業では、1時間目の休み時間が終わって2時間目に入った時に、ちょっとコントロールできていない二人の…

テストと『学び合い』

私は、ワークテストの点数を重視して『学び合い』による授業を行なっています。一度、学力テストの点数を重視してみたことがあります。抜群の結果を出しました。自分の考えの正しさがある程度確かめられたので、今は重視していません。ワークテストを重視す…

ちょっとのチャレンジ

最近は授業中に 「ちょっとチャレンジしてみよう!」 という話を何度もしています。 いつもとは違う友達と学んでみよう! 困っている友達を見つけて「教えるよ!」と言ってみよう! 分からない問題を「教えて!」と言ってみよう! 「ここ、違うんじゃない?…

あまり意図的になり過ぎないように

今日のあるクラスの授業中、マズイなあと感じる動きをいくつか見ました。どうするか悩んだのですが、ちょうど手元に学校のiPadがあったので、それ使って授業の様子を撮影することにしました。子どもたちに見てもらうためです。 撮影を始めると、私の意図を感…

ちゃんと伝える

子どもたちに、教員の思いを「ちゃんと」伝える。 これって、なかなか難しいものです。かなり前ですが、こんな記事を書きました。 崩れるイメージ - nao_takaの『縦横無尽』 馬鹿げた話に感じるかもしれませんが、意外とこんな指導をしてしまっているものだ…

仙南の会

今日は、白石市で開催された「『学び合い』仙南の会」へ。 仙南の会に外れなし。熱い半日を過ごしました。 私が一番考えさせられたのは、「教員は何のプロフェッショナルなのか」ということ。私は子ども同士をつなぐプロとしてやってきたけれど、次は子ども…

ジワジワと

他の方から 「高橋先生の授業を真似してみます」 と言われなくていいのです。 「私も『学び合い』やってみます」 と言わせるつもりもありません。(例外もありますが) でも、ジワジワと脳ミソを侵していくのです。 「ここは、子どもたちに任せてみようかな…

授業に失敗はないのよ

授業の「成功と失敗」とは、何をもって決まるのでしょうか。 研究授業であれば、明らかにしたいモノがあるでしょうから、それが明らかになったか否かで、ある程度は失敗や成功を判断できるかもしれません。また、授業の目的が、大多数の子どもを楽しませるこ…

『学び合い』が受け入れられるということ

私は、『学び合い』実践者が増えて欲しいと願っています。『学び合い』が広まって欲しい。でもそれは、世の中のほとんどの先生が『学び合い』による授業をやっている状況を作ろうと思っているわけではありません。そんなの、ちょっと異様です。 函館『学び合…

ちゃんと見抜く

Facebookで、Yさんがとてもいいことを書いていらっしゃいました。ご本人の許可を得ていないので、引用は避けますが、その書き込みを読んで、私が考えたことを記しておきます。 『学び合い』では 「心を込めて語れば、2割の子には伝わる」 という言い方がされ…

レベルアップ

私にとって、授業を「レベルアップさせる」ことは、何かを削ることです。今やっているモノをやらなくても、子どもたちが学べること。 例えば、私が板書をしなくても子どもたちがし書くべきことは書けたり、私がつなげようとしなくてもどんどん聴き合えたり、…