『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

難しい

今更、こんな事を悩んでいるのも馬鹿なんですが。
教師として、技術を磨くことも必要かもなあって考えていました。


昨日、同僚の先生に頼まれ、わたしが授業中に「説明」する時に使っている授業技術についてお話しました。思い付いたことをざっと話しただけですが
1 指示 2 例示 3 応答 4予想 5 賞賛
の5つのことを伝えました。一つ一つのことは詳しくは書きませんが、並の教師なら大抵は知っているであろう一般的な技術です。
他にも、子供の話を聞く時、学習を見取る時など、様々な技術がありますし、わたしも使っています。わたしの知らない技術もたくさんあるでしょう。

こういう技術は、無いよりは持っている方が様々な面で役に立つと思います。でも、無くても授業はできます。この5つ以外の様々な技術を駆使している方もいれば、朴訥とした口調だけれど心に響く話をする方もいます。そこに立っているだけで言うことを聞きたくなってしまうような天才的な先生もいます。


じゃあ、教師にとって授業技術とはそれほど大切なのでしょうか。


わたしの中に答えは出ているのです。
大切なのは技術ではありません。教師として何を見据えて、何を求めるのかという心です。在り方です。


とは言いながら。
そういった技術をある程度身に付けていなかったら、子供の前に立つのが恐ろしくならないのでしょうか。
どんなに技術を磨いても、あらゆる子供に通用するわけではありません。技術が邪魔をして子供達を惑わせてしまった経験も多々あります。「最低限必要な技術」なんてものは、人によってそれぞれで、決めようはありません。
けれども、何の技術もなく丸腰で立てるほど、教壇が安全な場所とは思えないのです。若いうちは怖いもの知らずで、元気と勢いで何とかなる場面もあるでしょう。けれども、その時期って短いですよ?


繰り返しますが、答えは出ています。
技術が一番ではありません。


でもなあって話です。
自分が使っている技術について、ちょっとまとめてみようかなあなんて考えています。