『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

バランスではなく、融合  イロハのニその3

言いたいことが上手く言えないので、繋がりを無視して、感じていることをポツポツと書いていってみます。上手くいけば、繋がるかな。無理かな。




さて。
Aも大切。Bも大切。どちらも大切ですから、バランスよくいきましょう。


よくある言い回しです。が、わたしはバランス感覚が悪い人間だなあと自己分析しています。というか、「バランスよく」という考えを、わたし自身があんまり好きじゃないということに気が付きました。


「イロハのニ その2」に書いていた通り、子供達の「個としての姿」と「集団の一員としての姿」は、全く異なる場合があります。どちらが本当の姿なのでしょう。
わたしは、「どちらも本当」だと考えています。


ですので、教師は子供達の「個」と「集団の一員」という二つの視点から、両方を“バランスよく”見る必要があります。


と言うと、正しい感じがします。けれども「バランスよく」という表現では足りない気がするのです。
例えば、人間は右目と左目で見えている映像が異なりますよね。わたしたちはその二つの映像を右で見たり、左で見たりしながら、バランスよく見ているのでしょうか。違いますよね。二つの映像が合わさることで、人間は立体的に見ることができるんですよね。
つまり、バランスというより「融合」と言いたいなあと思うのです。


子供達の姿も、個としての姿と集団の一員としての姿を別々に見るのではなく、二つの姿を融合させることで、子供の姿が立体的に浮かび上がってくるのだと思います。
また、学級全体を見る時にも、子供達一人一人をバランスよく見ようとするのではなく、学級の子供達を融合させ、集団として見る必要があると感じます。一点に注視すると、本質を見誤るのです。


「イロハ」で書いたことは、教師としての心構えのようなものです。
イ・・・親の愛とは違う「教師の愛」を持つこと。
ロ・・・子供達に「信頼」されること。
ハ・・・子供達に「任せる」けれど、委ねないこと。

そして、+α。
イロハが分かったら、その上で教師は、子供達の「個」と「集団の一員」の違いを理解しつつ、この二つを「融合」させること。


そんなことを考えていました。


と書いてから、思ったんですが。
これ、イロハと言うには、レベルが高すぎるかもしれませんね。
うーむ。