『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント 繋がる国語科 アクティブ・ラーニング
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nao_takaの『縦横無尽』

福島県の小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。

当ブログの内容は、全てなおたかの個人的見解です。


以前の授業と今の授業

昨日、ある方と話をしていて、『学び合い』と出会う以前のわたしがやっていた授業を思い出しました。

例えば国語はこんなイメージ。

「教科書の○ページを読みましょう。この場面で勉強することは何かな?では、それにしましょう。自分の考えを書きましょう。発表しましょう。良い意見がたくさん出てきたね。でも、○○の場合はどうだろうね、近くの人と相談しましょう。○○さんが書いた意見を聴きましょう。○○さんの考えのどこが良いのか近くの人と相談しましょう。○○さんどうですか?そうですね。では、まとめましょう。今日の学習で大切なことは何かな、それを考えて□に入る言葉を書きましょう。」

こんな感じの授業をやっていました。このころのわたしがよくやっていたのが

  • この場面で勉強することは何かな?では、それにしましょう。

ってヤツ。これ、子供達に学習課題を発表させるのですが、児童に作らせているように見えて、教員がコントロールしているだけなんですよね。だから、意に沿わない課題が出てくると「それにしましょう」とは言いませんでした。「他にないかな?」とか言って。

また、

  • ○○さんの考えのどこが良いのか近くの人と相談しましょう。

もよく使いましたね。そうすれば全員が授業に参加できると考えてました。「全員参加の場面を作る」って言葉も多用していたのですが、これって「多くの時間は参加していない子がいる」って自分で分かっていたんですよね。でもそれが見捨てている行為だとは全く気づけていなかったなあ。他にも、発表を途中で遮って、

  • ○○さんの意見はどう続くでしょう。続きを考えましょう。

なんてのもあります。むろん、どれもわたしのオリジナルではありません。色々なところから学んだことです。こんな風にして児童を飽きさせないように気をつけながら、「あっちに行くよ、こっちに行くよ」と遠足の引率のような授業をしていました。

 

『学び合い』になった今は、当たり前ですがガラッと変わりました。わたしの『学び合い』授業、担任したての時期はこんな感じです。

「この授業では、○○の勉強をします。○○ができるようになりましょう。ポイントは□□です。詳しくは教科書に書いてあります。よく読んでね。○○ができるようになったかどうかは、〜で判定します。自分ができることが目標ではありません。全員ですよ。みんなでみんなができるようになりましょう。質問はありますか?では、始めましょう」

最初なので、ちょっと丁寧です。そして、最初期のみ「全員」を強調します。4〜5人グループの壁を壊すためです。それが壊れたら、強調するのはやめますが、「全体を見よう」という呼びかけは継続します。

で、『学び合い』を始めて1年4か月が経った現在の学級では、単元の初めはこんな感じ。

「ではオレンジの紙(単元計画表)を見てね。ポイントは○○です。今回は□□が難しいところかな。でも、〜は前にやったのと同じことだからね。あ、分かっているねそんなの。質問はありますか?では、始めま、、、、ってもう始まってるね。では、どうぞ。」

単元の途中では“勝手”に授業を始めて“勝手”に終わります。だって「主体的に学ぶ」のですから。

 

気がつけば、随分遠くへ来たもんだ。でも、まだまだ歩みは止めません。まだまだこれから。楽しみは続くのです。