『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント 繋がる国語科 アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

福島県の小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。

当ブログの内容は、全てなおたかの個人的見解です。


一単位時間の壁を越える

わたしが『学び合い』を継続する上で、一単位時間毎ではなく、単元毎の課題にしたこと、単元の壁も越えてどんどん進めさせたことは、非常に大きな効果がありました。


多くの教師には「この勉強が分からないまま次に進んだら、子供達が困る」という捉われがあると思います。(本当はそうでもないんですけどね。)
で、分からないまま次に進まないようにするために、チェックポイントを数多く設定します。スモールステップなんてのは代表例。
そして、細かく細かくチェックするのが良い教師だという捉われからも、なかなか抜け出せません。


偉そうに書いているわたしもそうです。なるべく細かくチェックしてあげたいと頑張っていました。
そうすると、「ここも出来てない!」「あそこも出来てない!」と出来ていないところを探してばかりになってしまいます。そうならないように、教師が精密なレールを敷いて、子供達はその上を計画通りに進む。計画通りに進めない「困った子」に嘆きつつ、一斉授業を進めていた時期があります。わたし、ガチガチの「名人系授業」を目指していましたから。


その限界に気づき、名人系授業を捨てて『学び合い』を始めたはずなのに、今考えると同じようなものでした。「1時間の中で全員ができるようになる。」という課題にこだわり、1時間毎に細かくチェックする。そして、「この子が出来ていない!「あの子も出来ていない!」と出来ていないところを探していました。で、言うのです。「出来ていない子がいるのに、なんで教えないんだ!」→これって、一斉授業よりもタチが悪いですよね。で、これでは駄目だとすぐに気がつきました。
最初は、それを解決するための方法として、教師の技術を使っていました。もともと、名人系授業を目指していたわたしですから、「分かったつもり」にさせるのは得意です。面白おかしい説明で、何となく分かった風にさせて、授業の終わりにはみんな笑顔^^。でも、それだと結局は集団が育たないんですよね。


モヤモヤを脱したのは、至極簡単なことに気付いたのです。
「一時間で分からなかったら、もう一度やればいいんじゃない?」
子供達が一生懸命に学んでいる時って、チャイムが鳴っても勉強を止めませんよね。45分という区切りなんて、教師側の都合であって、子供達のためにあるわけでありません。45分で区切るほうが勉強しやすいわけではないんですよ。だったら、何を何時間勉強するかは、子供達が決めればいいんです。
その頃から、「子供達が教育課程編成すればいいじゃん」という考えが浮かんでいるのですが、とりあえず第一歩として、単元の中で何を何時間勉強するかは子供達にお任せしています。


そして分かったことは、単元を丸ごと任せる方が『学び合い』は簡単なのです。
1単位時間毎だと非常に難しい!全員達成だって、毎時間は無理でしょう。それが、単元ごとだとけっこういけるのです。全員80点以上とか全員100点とか、レポートを山ほど書くとか、そういうレベルの課題になると1単位時間毎じゃ無理です。『学び合い』を継続するなら、絶対に、単元を任せる方が、子供達は楽です。
でも、単元レベルで課題を出すので、それなりに教師の力量が問われるかもしれませんが。けれど、名人系授業よりは100万倍簡単です。


『学び合い』がもっと爆発的に広がって、全時間・全教科『学び合い』という人が増えれば、そんな本が出せる日が来るかもしれませんね