その上、来週は地区の陸上大会もあるので、その練習もあって「運動会疲れ」を出している暇もないくらいです。「こんな状態では、学力向上も人間関係の向上もおぼつかないよー」と言いたくなります。
が、毎年のように書きますが、こういう時でも何とかかんとか学べるのが『学び合い』の凄いところだと思っています。今年は『学び合い』1年目のクラスなので色々な意味でまだまだ何ですけれど、ちょこちょこと「無駄話」を挟みながらも、それぞれのペースで学んでいるのが見て取れます。
もしも『学び合い』じゃなかったら、私は今日辺りは「逃げ」の授業をしたかもなあ。
震災後、この近辺の学校はドンドン苦しくなっています。原因は「これだ」と言える明確なものはないけれど、でも、なーんだか息苦しいですね。きっと複合的だからでしょう。複合的で、複雑で、見えにくい。
『学び合い』に出会えていなかったら、多分、打たれ弱い私は、この息苦しさに潰れていたでしょう。『学び合い』は私の命を救ってくれたのだと、大袈裟ではなく本気で思います。
人には合う合わないがあるのは分かっていますが、それでも『学び合い』を広めたいと願うのは、もしかしたら私以外の人も救われるのではないかと思うからです。