『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

忘れ物を減らす

本当は「忘れ物」の話ではないのだけれど、とりあえず例として。

さて。
最近、「忘れ物をする子が増えた」という話を何度も耳にするのだが、これは私だけだろうか。私自身は、今も昔も「忘れる子もいれば、忘れない子もいるよ」というスタンスだけれど。
増えたかどうかはおいといて、じゃあ、忘れ物をする子、しかもしょっちゅう忘れる子にはどんな指導をすべきなのだろう。

私が今まで見聞きした指導で多いのは「毎日、忘れ物チェックをする」というもの。例えば、「最近、下敷きを持って来ない子が多い。」なんて時に、毎日「下敷きチェックを行う」というように。
私も似たようなことをやったことがある。若いころに何かの本で「ハンカチ・ティッシュを持ってきたか確認し、全員が頭の上にハンカチ・ティッシュを乗せる。全員そろったらカレンダーの日付に○をつける」というのを読んで真似をした。忘れた子を叱るわけではなく、ただ○印をつける。ハンカチ・ティッシュを頭に乗せて楽しい。○が付いたら何となく嬉しい。ちょっと面白く楽しい方法だった。
けれど、毎日チェックしても連続して持って来られない子がいると、とたんに苦しくなった。そして、だんだんとやらなくなっていく。それはきっと、「持って来ない」のではなく「持って来られない」のだという事情を、担任としてうっすらと感じるからではないか。毎日清潔なハンカチを持ってくるのが不可能な事情。家の中で見当たらなくなった下敷きがなかなか見つからない事情。そういう事情がリアルに想像できるから、「楽しい方法」を楽しめないその子の気持ちを想像し(外れているかもしれないし、外れていて欲しいけれど)、苦しくなったのだ。

だから、「持って来ない子に罰を与える」なんて方法は絶対に「やめてくれ~」と思う。「忘れ物をしたら、休み時間はなし。漢字をノートに1ページ」とか「校庭を3周走る」とか、そんなルールは止めて欲しい。もし、ハンカチを忘れると罰があるんなら、私だったら常にランドセルにしまいっぱなしにしておく。しかも、3枚くらい。毎日同じハンカチだったら怒られちゃいそうだもんね。そういう子、絶対にいるいる。学校あるあるの一つだ。そうやって狡賢さを得ていくのは、それはそれで勉強と言えるんだろうか。
でも、同時に“しまいっぱなしにするハンカチもない子”のことを想像してしまう。あれこれと考え過ぎてしまう性質なのだ。
更にいうなら、こういう指導は教員も苦しくなる。「忘れ物をなくす」指導に加えて、「ちゃんと漢字を書きなさい!」とか「漢字の字が汚い!」とか「校庭は歩くんじゃなくて走りなさい!」とか「本当に3周走ったのか?1周だけで誤魔化すなよ!」とか、余計な指導が増える。忘れ物を指導するのだって大変なのにね。指導事項を増やすのは得策じゃないよね。

忘れ物を減らすにはどうすればいいんだろう。
私は、私自身が「減らそう」と必死にならないようにしている。減らすための努力をするのは、子供達だから。
私がやることは、「本当にそれが必要なのか」を自問自答すること。その上で、「やっぱり必要だ」と判断したら、「なぜ必要なのか」をちゃんと子供達に伝える。子供達に「そりゃ必要だ」と思ってもらえるかどうかが大切。
それをどうやったら忘れないかは、私じゃなくて子供達に考えてもらう。どんな方法を取るかは、私には分からない。
それで良いと思っているし、その方が良いとも思っている。