『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント 繋がる国語科 アクティブ・ラーニング
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nao_takaの『縦横無尽』

福島県の小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。

当ブログの内容は、全てなおたかの個人的見解です。


コントロールしない

何度か書いていることですが、私が子供たちに繰り返し伝えている言葉に
「先生に命令されたり、コントロールされたりするのは嫌でしょう?だったら、自分で自分をコントロールできるようになりなさいよ」
というものがあります。

以前の私は、子供たちが私の思う通りに行動することに喜びを覚えていました。その当時は全く感じませんでしたが、今となっては「子供たちを上手く操ろうとしていた自分」がよく分かります。
例えば、大きな行事の前になると
「さて、本番が近くなってきたから、そろそろ叱っておこうかな」
なんて職員室で偉そうに語っていましたね。そうやって子供たちをコントロールしていたのです。思い出すと、顔から火が出そうです。

そんなことをしなくても、子供たちに

  • 本番が近いと、浮ついてケガをしたり、トラブルが起きたりすることが心配であること
  • 自分だけが気をつけていても、「貰い事故」の危険性があること
  • それを防ぐには、お互いに声を掛け合う必要があること
  • 少なくとも、他者に気を配る人は、自分がケガをする可能性を減らせること

をちゃんと伝えれば、それなりに考えて行動できるようになっていきます。私が褒めたり叱ったりして行事に向けての心構えを「作っていこう」とすると、結局は私が居る時にしか子供たちは考えた行動ができません。でも、自分たちで考えることで、穏やかに、自然に、それぞれにとって心地よい準備ができるようになっていく様子を毎年見ています。もちろん、それができるようになるまでは、多少のトライ&エラーは必要ですけれど。

 

ただ、自分の中にも迷いはありました。「自分でコントロールしなさい」と言っておきながら、それは結局、「先生が望む通りの行動を、自主的にしなさい」と言っているのと変わらないのではないか!?という疑問です。現時点で私が出した答えは、「そういった側面を完全には否定できないな」ということ。教育とは、教員がある程度、自分の価値観で子供たちを染めることになるし、そこから逃れることはできないのかもしれないなあ。そんな風に思うのです。

だからこそ、私は変にコントロールしないようにしています。16日のエントリーに書いてご批判をいただいた「そんなんだったら、やめちまえ」という発言もそうなんです。多分、教育の場でこういう言葉が使われる時って、私の少ない経験では部活が多いですね。多分、少なくない先生方が、こんなやり取りを期待して言うのでしょう。

T:「なんだ、そのやる気のない練習は!」
C:「すみません」
T:「そんなんだったら、やめちまえ」
C:「いやです」
T:「今すぐやめろ」
C:「いやです。つづけさせてください」

みたいな。「やめろ」と言うことで「やめたくありません」と言わせたいんですねえ。分かるなあ、その「コントロールしたい欲求」。以前の私がそうだったから。まあ、あんまり上手くいかなかったから、やめたんですけれど。

私がこういうことを言うのは、「グダグダした勉強をしていると子供たちが自覚している時」です。例えば、こんな感じ。

なおたか:「調子どう?」
C:「なんかイマイチです」
なおたか:「自分でも分かってんじゃん。先生も見てて分かるよ。だったら、やめちまえ」
C:「え?」
なおたか:「自分でイマイチだと思う勉強を続けてたら、時間も労力も、もったいないじゃん。だったら、違うことをやった方がいいって」
C:「違うこと!?えー、何やろうかな」
なおたか:「それを考えることも含めて勉強だから。迷っていいよ」

関係性がイマイチな状態で学び合っていると、子供たち自身が、「こんな勉強じゃダメだ」と分かっているけれど、何となく続けている時があります。でも、多くの子供たちは、それでもやり続けることを選択するんですよね。そりゃそうです、今まで「授業中にやることを自分で決める」なんて経験はなかったでしょうから。そんな時「やめちまえ!」と私は言い放ってしまいます。もちろん、こんなことは他の方に推奨しません。私のこういう「乱暴さ」は弱点だとも感じています。同僚や後輩には「真似しないように」と伝えています。

が、基本スタンスとしては「本当にやめた方がいいと感じているから、やめちまえと言う」のです。ですが、あくまでそれは私の考え。上記のケースで

C:「やっぱり、この勉強を続けます」
なおたか:「○○がそういう決めたんなら、もちろんオッケーだよ」

という場合も多々あります。

 

自分でも書いていて、「乱暴過ぎるんだろうな、やっぱり」と感じます。真似しないでくださいね。もっと真似しやすいことも、そのうち書きますので。