『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

福島県の小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」

当ブログの内容は、全てなおたかの個人的見解です。

仰るとおりですが。

一人で学びたい子にとって、『学び合い』は迷惑だ。

という類の批判を何度も目にする。ある意味で、仰るとおりだと思う。だから、私は「教えて」と言われても「教えるよ」と言われても断る自由を大切にしている。

現に私の授業では、一人で学ぶ子が何人かいる。ある方が私の授業を見て

「思っていたより、学び合っていない」

とおっしゃったこともある。

『学び合い』の授業は、子供たちが常に小グループを作り頭を寄せ合って学んでいる必要などないと考えている。聞くも聞かないも子供たちに任せる。子供たちには、必要な時には誰かに聞き、邪魔な時には上手に断れるだけの力がつくと信頼している。現時点でできない子も、段々とできるようになると期待している。

無理に学び合う必要はないが、でも、断ってばかりいると、自分が本当に困った時に損をする。その「折り合い」すなわち「自分はどれくらいの助けが必要で、それを得るためには、どれくらい受け入れる必要があり、自分はどれくらい付き合えるのか、他の友達はどうか」を経験的に学びながら、その許容範囲を広げ、一人でも多くの「同僚」を得て欲しいと願っている。中には、これが難しい子もいるだろうが、集団として「難しい子」の心情を慮れるようになって欲しいし、そうなった方が将来は幸せになれると確信している。それに、私の予想なんて外れることも多い。

だから、私の授業を見ていただいて、最も嬉しかった授業評は、

「このクラスの子供たちは、ゆるやかな繋がりの中にいる」

という言葉。でも、そこまで見ていただけることは少ない。残念。そして、正直な気持ちを言うと「疲れました」。(だから、最近は参観をお断りすることが多くて。すみません。)

 

ただし、私も4月は強めに「関わり合うこと」を求めている。なぜなら、多くのクラスは「ゆるやかな繋がり」を実現する上では「関係性が遠過ぎる」状態だからだ。ゆるやかな繋がりどころか、だるだるの繋がり。いや、繋がっていない子多数。そのため、4月には「関わり合うこと」を課題の中に組み込むのが、私の定石であるし、多くの実践者も行なっていることだろう。

ただ、ガチガチに硬い関係が良いわけではない。象徴的なのが「最後の一人を全員で取り囲む」という光景。それが生まれるのは、関わり合うことを教員が無理強いしているからだ。囲われている子の多くは苦しくなる。実は、囲われて嬉しい子もいるのだが、非効率的なのは事実だろう。囲っているくらいなら、次の勉強に進めばいいじゃん、というのが、単元『学び合い』のスタート。個別化へ一歩進むわけだ。

ただ、十分な関わり合いのないまま単元『学び合い』に進むと、地獄から抜け出せない子も出てしまう。無理に学び合う必要はない。でも、断ってばかりいると、自分が本当に困った時に損をする。その判断力を上げることが「一人も見捨てないことが得だと理解する」ということ。

この「一人も見捨てない」という言葉を批判する人もいる。

見捨てない、というのは教員の価値観を子供たちに押し付けている。

上から目線の言葉で、差別的だ。

もっと違う表現がいい。

なんて批判を度々目にする。これも仰るとおりかもしれない。「見捨てたくない」というのは私の願いだ。強過ぎる表現だとも思う。故に、私も子供たちの前では頻繁に使わない。ただ、一方で、少々の嫌味を込めて

「幸せな人なんだな」

と思う。自分や身近な人が見捨てられる可能性は考えていないのだろか。

また、地獄の淵で救いの手を求めている子ような子がクラスにいないなら、「みんなハッピー!」「楽しい授業!」程度の御題目でもいい。けれど、今、多くのクラスで静かに沈み、苦しんでいる子がいるのだ。私自身もそういう子を「見ない振り」をしてきたし、今でも見捨ててしまいそうになる弱い自分を自覚している。愚かで罪深い私でも、子供たち全員に幸せになって欲しい。そういう願いをこめて「一人も見捨てない」という言葉を使っている。

まあ、もっと軽く考えている人は、もっと明るいスローガンを掲げれば良いだろう。

 

今年、『学び合い』にチャレンジして思うような結果がでなかった先生もいるだろう。私は、そのチャレンジを無駄だとは思わない。『学び合い』は難しい。知識もいる。技術もいる。運も作用する。私だっていつ「失敗」するか分からないと思っている。でも、自分の力不足を自覚しつつも、本気で「一人も見捨てたくない」と願って子供たちの前に立ったのなら、きっとその意義は一部の子供には伝わっているだろうし、自分の今後の授業にも必ずプラスになるだろう。

週に一度から、ライトに『学び合い』に挑戦してもいい。そういう人も増えて欲しい。でも、私はヘビー級にこだわっていきたい。そして、どんなに重く、熱く考えても、こんなに爽やかにやっていけるんだぜー!と示していきたい。