『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

夏休みにぜひ

ありがたいことに、まだ少しずつ売れているようです。

コロナがなければ、もう少し多くの方に手にしていただけたのでしょうか。

 

ぜひ、夏休み中にお読みいただけたら嬉しいです。

流動型『学び合い』の授業づくり: 時間割まで子どもが決める! (教育単行本) | 尚幸, 高橋 |本 | 通販 | Amazon

半分嘘、半分本当

学級集団の力をうまく機能させられない教員は、私が知る限り例外なく「ルーズ」だ。
学級集団の力をうまく機能させる教員は、「ちゃんと」しているのである。学級集団の力をうまく機能させられる教員が
「私が適当で駄目だから、子どもたちがしっかりしちゃって。」
なんて言っていることも多いけれど、これは半分嘘だと断言する。でも、半分ね。


集団が機能するには、明確な指針が必要だ。「これを大切にして!」の「これ!」がちゃんと集団(の2割)に伝わっていることが、条件なのである。「これ」を明確に示す有名な指導として「先生が怒るのは3つの時です」をご存知の方も多いだろう。「3つの時」を示したなら、それを「ちゃんと」守らなくてはいけない。これは非常に難しいことで、ほとんどの教員は3つの時以外にも怒る。だから、集団の力が機能させられない。

ちなみに、『学び合い』で示す指針は「一人も見捨てない」である。とはいえ、これを振り回していても集団は機能しない。一人も見捨てないとはどういうことかを「ちゃんと」と説明し、ちゃんと見取り、ちゃんと感謝しなければいけない。何より、教員が「一人も見捨てたくない」と「ちゃんと」思っていなくてはいけない。

「これ」を明確にすることは、それ以外について重視しないことになる。優先順位がはっきりしているから、それ以外は「まあ、いいか」と成りがち。だから、できる教員は「私が適当で駄目だから…」という発言をしがちなのだけれど、これを「そうか、適当でいいんだ」と都合よく解釈してはいけないのだ。

 

「これ」が明確に示されていないと、自分の都合で勝手な行動をする子がでてくる。それが集団の2割を超えたとき、教員の手に負えなくなる。
「これ」がブレてしまうと、子どもたちは迷って行動できなくなる。迷っている時に感情的な指導が入ると、個々人の意欲がどんどん下がって、無気力な集団になっていく。
「これ」を明確にしたつもりでも、それが集団の2割に受け入れてもらえないと、理論上は集団は動かないだろう。でも、私は過去に「これ」が明示されているのに受け入れられないという学級を見たことも聞いたこともない。「明示しています」という方でも、よくよく話を聞くと、曖昧だったり伝えていなかったりする。
つまり、大切なことに対してルーズなのだ。


じゃあ、これを教室だけではなく、職員室で行うにはどうすればいいのか。
それが私の悩み。これがシステムづくりも含めて非常に悩ましい。

「約束したのに。」そう言って君は憤った。

二人の女の子が何やら険しい表情で佇んでいる。
勉強が手に付かない雰囲気。AさんもBさんも、いつもはもりもり学んでいるのに。
「調子悪そうに見るけど」
と声を掛ける。最初は「大丈夫です」という返事だったけれど、やっぱり進んでいない。休み時間なら深追いしないが、今は授業中。なので、もう一度声をかける。
すると、Aさんが少しずつ話し始めてくれた。その声にはわずかだけれどはっきりと怒気が籠っており、だんだんと話が止まらなくなっていった。

要点だけまとめると。
AさんはBさんと休日にとある約束をした。でも、Bさんのちょっとした勘違いがあって、その約束はキャンセル。Aさんは納得がいかない。Bさんは申し訳なく感じているけれど、でも、その日は…。
そんなお話だった。

私は、こう語りかけた。

そうか。Aさんはがっかりしているんだね。楽しみにしていた約束だったんだね。残念だったね。でもさ、「がっかりする」というのはマイナスなだけじゃなくて、プラスの面も持っているんじゃないかな。がっかりした気持ちは、Bさんのことが好きな証拠だよ。Bさんと過ごす時間がそれだけ楽しみだったってことだよ。
もし、マイナスの面にだけ心を奪われて、プラスの気持ちを忘れてしまっているんだとしたら、それはもったいないし、それは幼い、赤ちゃんぽいってことだよ。がっかりしたからと怒ってしまうのは、もっと小さい子のすること。そうじゃなくて、プラスの気持ちにもちゃんと光を当てて「じゃあ、また今度」とか「その代わり、ああしよう」って考えられるのが、心が成長するってことなんじゃないかな。
少なくとも「がっかり」と「怒り」をつなげてしまうのは、もったいないと私は思うよ。

 

少しきれいにまとめ過ぎだが、まあ、こんな話をした。
私の話を聞きながら、Aさんは雨のち晴れとなった。BさんはそんなAさんにティッシュペーパーを差し出した。
私は話の長さを反省しつつ、二人の優しさと素直さが眩しかった。