『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

決まっているが決まらない

新しい本を書く!と決めたが、なかなか進まない。

内容は決まっている。学級崩壊の種類と、その対処法だ。

今の学校には、大きく分けて2種類の学級崩壊があると思っている。

一つ目は、1990年代から問題となっている従来型の学級崩壊。これは、いわば「アーリーアダプター(=オピニオンリーダー)が担任を見限ることで発生する学級崩壊」だ。しかし、多くの教員は、このメカニズムを理解できていない。だから、従来型学級崩壊は、現在でも継続して発生しつづけている。

もう一つは、2010年代から目立ってきた新しい型の学級崩壊。これは、「教員が誤った方策によって集団にとって好ましくないオピニオンリーダー役を育ててしまうことで発生する学級崩壊」だ。この「誤った方策」は現在、日本中で広がっている。多分、新しい型の学級崩壊は、これから10年で更に広がるだろう。

 

私は、自分が実践することは好きだが、そのノウハウを説明することができない。

今回、筆が進まない原因もそこだろうなあ。私は、具体例を実践記録風に書くことしかできないのだろうと思う。

 

夏休みにぜひ

ありがたいことに、まだ少しずつ売れているようです。

コロナがなければ、もう少し多くの方に手にしていただけたのでしょうか。

 

ぜひ、夏休み中にお読みいただけたら嬉しいです。

流動型『学び合い』の授業づくり: 時間割まで子どもが決める! (教育単行本) | 尚幸, 高橋 |本 | 通販 | Amazon

半分嘘、半分本当

学級集団の力をうまく機能させられない教員は、私が知る限り例外なく「ルーズ」だ。
学級集団の力をうまく機能させる教員は、「ちゃんと」しているのである。学級集団の力をうまく機能させられる教員が
「私が適当で駄目だから、子どもたちがしっかりしちゃって。」
なんて言っていることも多いけれど、これは半分嘘だと断言する。でも、半分ね。


集団が機能するには、明確な指針が必要だ。「これを大切にして!」の「これ!」がちゃんと集団(の2割)に伝わっていることが、条件なのである。「これ」を明確に示す有名な指導として「先生が怒るのは3つの時です」をご存知の方も多いだろう。「3つの時」を示したなら、それを「ちゃんと」守らなくてはいけない。これは非常に難しいことで、ほとんどの教員は3つの時以外にも怒る。だから、集団の力が機能させられない。

ちなみに、『学び合い』で示す指針は「一人も見捨てない」である。とはいえ、これを振り回していても集団は機能しない。一人も見捨てないとはどういうことかを「ちゃんと」と説明し、ちゃんと見取り、ちゃんと感謝しなければいけない。何より、教員が「一人も見捨てたくない」と「ちゃんと」思っていなくてはいけない。

「これ」を明確にすることは、それ以外について重視しないことになる。優先順位がはっきりしているから、それ以外は「まあ、いいか」と成りがち。だから、できる教員は「私が適当で駄目だから…」という発言をしがちなのだけれど、これを「そうか、適当でいいんだ」と都合よく解釈してはいけないのだ。

 

「これ」が明確に示されていないと、自分の都合で勝手な行動をする子がでてくる。それが集団の2割を超えたとき、教員の手に負えなくなる。
「これ」がブレてしまうと、子どもたちは迷って行動できなくなる。迷っている時に感情的な指導が入ると、個々人の意欲がどんどん下がって、無気力な集団になっていく。
「これ」を明確にしたつもりでも、それが集団の2割に受け入れてもらえないと、理論上は集団は動かないだろう。でも、私は過去に「これ」が明示されているのに受け入れられないという学級を見たことも聞いたこともない。「明示しています」という方でも、よくよく話を聞くと、曖昧だったり伝えていなかったりする。
つまり、大切なことに対してルーズなのだ。


じゃあ、これを教室だけではなく、職員室で行うにはどうすればいいのか。
それが私の悩み。これがシステムづくりも含めて非常に悩ましい。