『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

まずは授業!

先日,ある人から相談を受けました。ぼかして書くと「担任している子が,ある問題を起こした。指導しても繰り返してしまう。頭ごなしに怒っても効果はないことは分かる。保護者さんにも連絡した。でも,それ以外にどう対処すればよいのか」という相談でした。それに対するわたしの助言は「授業の中で,子どもたちが生き生きと学べるようにする。その子だけではなく,学級全体が生き生きと学んでいれば,その問題も緩和される」というものでした。
「ある問題」とは,学習上の問題ではありません。
普通なら,家庭環境の問題とか成育歴の問題とか,そんな風に捉えられる問題でしょう。実際は,そうでないかもしれません。でも,そんな風に考えられることが多い類の問題でした。


教師には,そういう問題を解決することはできません。「金八先生」や「GTO」はそういう問題にズカズカと踏み行って解決しますが,現実では無理です。というか,現実でそれをやったら,余計に問題が悪化します。
みんなそれは分かっているので,そういう問題は「保護者に連絡し,保護者を啓蒙し,保護者の協力を得て,問題を解決する」方法を取ることが多くなります。簡単に言えば「親任せ」です。でも,解決しません。
だって,問題の原因は,たいてい複合的で複雑で誰にも見えないものだからです。親がちょっと頑張って解決できるなら,もうしています。どの保護者さんだって,子どもをよりよく伸ばしたいと思っているのですから。


そうなると,「問題を薄める」方法をとることになります。何かに夢中になって取り組むことで,その問題を忘れされ,目立たなくさせる方法です。問題が薄くなっていくことで,子ども自身がその問題を乗り越えられるようにするのです。
小学校では,「行事で活躍させる」なんて方法が多く取られます。運動会,学習発表会,マラソン大会,その他音楽や体育などの地域全体の行事・・・。他にも,ちょっとした集会や始業式・終業式で発表をさせることも多くあります。これらは悪くはないのですが,一時的なことです。一時的に薄まっても,すぐに元通り。


だから,授業なのです。
日常的に子どもたちが「俺って,なかなかやるじゃないか」「仲間がいるって素晴らしいな」「このクラスっていいクラスだな」「成長するって楽しい」「明日も学校に行きたい!(=生きたい)」と思えるには,授業こそが大切なのです。
これは,行事じゃだめなんです。しばらく経ったら「あの頃は良かったな」ですよ。


授業が充実してこそ,子ども達が安心し,安定して成長できるのです。
この時に気をつけなくてはいけないのは,「気になる子」に囚われて,他の子がおろそかになってしまうことは避けなければなりません。
どの子も悩んでいます。どの子も伸びたいと思っています。どの子も伸ばさなければいけないのです。それが教師です。それを忘れると,「気になるあの子」の影で,別の「苦しんでいる子」が増えていくことになります。いつまで経っても,クラスは安心できる場になりません。


だから,「ある子が問題を抱えて苦しんでいる」時の対処としては,冒頭に書いたように「学級全体が生き生きと学んでいる状態」を作るしかないのです。
我々の会の言葉でいえば,「学び続けている」状態です。特別な何かをやらなければいけないわけではないのです。色々足す前に,まずは自分の授業を見直すことが大切です。
もちろん,「高橋のクラスには何の問題もないよ!」と言いたいのではありません。そりゃあ,問題は起きます。子ども達に申し訳なく思うことも多々あります。自分の力不足を嘆くこともあります。眠れない夜もあります。
けれど,そこから少しでも改善しようとしたら,まずは授業からなのです。子ども達が安心し,安定して学び続けている状態を目指すことの先に,問題の解決・緩和があるのです。
わたしは,日々の授業こそを何よりも大切にしています。


だから,昨年度末,ある子に言われた言葉,
「わたしにとって6年生で一番の思い出は,毎日の授業です。」
は,わたしにとっては,教師として最高の勲章なのです。
http://manabitudukeru.g.hatena.ne.jp/nao_taka/20130324


じゃあ,どうすればそういう状態が作れるのでしょうか。
これも,最近,やっと人様に自信を持って語れるようになってきました。
次回はこのあたりについて書こうかな。