『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

少数派

わたしは「はみ出し者」です。「異端の存在」と上司からはっきり言われたこともあります。自覚しています。
わたしは、図太くて、尖っていて、攻撃的なタイプです。どちらかと言えば強い人間だと思われることが多いようです。それでも、はみ出し過ぎて振り落とされないように生きていくのは大変でした。
集団の中にスッポリと収まれないのは辛いことです。


はみ出し者は、はみ出したくて、そうしているのではありません。
特に捻りもなく普通に選択しているつもりなのに多数決で負けるのです。
他の人が気にしないことが、耐えられないのです。
何気なくやったことを批判されたり、驚かれたりするのです。
真っ直ぐ歩いているのに、他者とぶつかるのです。


そうしているうちに、周囲に合わせようとしすぎて苦しくなったり、自分はみんなと同じようにできないダメな奴なのだと落ち込んだり、どうせ理解してもらえないと暴れたりしながら生きてきました。
最近では30半ばも過ぎて、そんな想いも薄くなってきましたが。


わたしははみ出し者としては幸せな方です。こうして教師として生きていられますから、大したはみ出し具合ではありません。もっと大きくはみ出している人は世の中にもっとたくさん居ますから。


『学び合い』では、そんなはみ出し者の存在が許されるだけではなく、その多様性をプラスへと変えることができます。
わたしが『学び合い』に惹かれ、『学び合い』に浸り、日々の実践をどっぷり『学び合い』で行えているのは、マイノリティとして生きてきたからかもしれません。
自分の学級を見ていて感動するのは、「自分もこんな学級で子ども時代を過ごしたかった」という感情が湧き上がってくるからです。


そんな少数派のはみ出し者であるわたしの言葉は「多数派」として生きてきた多くの人々には役に立つのだろうか、と不安になることがあります。
自分が間違っているとは全く思いません。
まだまだ足りないことだらけですが、でも、この方向性に間違いない!と確信を持って仕事をしています。


それなのに、他人のことが気になります。
褒められたいわけではありません。(そりゃあ、褒められれば嬉しいですが)
批判が怖いわけではありません。(そりゃあ、批判されれば傷つきますが)
そうではなく、わたしが良かれと思ってやったこと、言ったことが、多くの人々にとってマイナスになるんじゃないかという心配にです。
わたしの言葉に影響を受けたり、わたしの行動を真似したりした方が余計に苦しくなったり、状況を悪化させたりしていないかが気になります。
そうして、不安になるのです。


「もっと普通の人に話を聞いた方がいいんじゃないですか?」
と言いたくなります。


そんな時、やっぱりわたしは、はみ出し者でいるしかないのだと感じます。


それが、寂しくもあり、気楽でもあり。
ま、仕方ないですけどね。