『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

笑っちゃう授業

もしも「水着を着て、水中眼鏡をつけ、シュノーケルを咥え、水の中に入っている気持ちになりながら『やまなし』を読むことで、想像力が豊かになり、情景を読み取る力が高まる」という主張を聞いたらどう思いますか?「童謡の『月』を聞きながら学習をすると、月の満ち欠けに関する理解が深まる」という主張に納得できますか?
わたしだったら笑っちゃいます。
上記のものは嘘ですよ。見たことも聞いたこともありません。でも、そういう“笑っちゃうような授業”が実在しないとは言い切れません。
なぜなら、教師が考える“有効な手立て”というのは、実際のところ“なんとなく有効だと思われる手立て”でしかないからです。それが言い過ぎだとするなら、まあ“一部の子には有効だけれど、多くの子には何の意味もない手立て”って感じでしょうか。


『学び合い』をやっていると、自分が有効だと信じていた手立てが実は全く意味がなかった、と気づくことが山ほどあります。また、一時は有効だったはずなのに、知らないうちに有害になっていたという経験も、一度や二度ではありません。例えば、○○とか○○のように、多くの教師が『学び合い』では有効だと信じている手立てだってそうです。傷つく人がいそうなので、一応伏字で(笑)
もちろん、全ての手立てに意味がないわけではありません。個ではなく、集団にとっては有効な場合もあります。ただ、その期間ってわたしが思っている以上に短かった!という経験を何度もしています。
「これ、イケる!」
と思った方法が、あっという間に無意味になってしまうのです。ああ、セツナイですね。
しかも、恐ろしいことに、有効な期間内かどうかを完璧に見極めることは、わたし程度の教師には無理です。


ということは、今日の授業や指導の中にだって、子供達の一部には有効だけれど、他の子にとっては“笑っちゃうような”手立てが含まれていた可能性を否定できません。



今年度は嬉しいことに、ちょこちょこと授業を公開する機会を持てています。
わたしの授業を参観して下さった方には、高橋がやっていること、言っていることが全て有効だと勘違いしないようにお願い致します。きっと子供達の何人かは、「先生はまたこんな無駄なことをやってるよ、まったく。笑っちゃうな」と思っているでしょうから。