『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

感謝

先月末に授業参観に来てくださった石川さんが、参観レポートをアップしてくださいました。

suponjinokokoro.blog112.fc2.com

極めて多忙にもかかわらず、書き上げてくださったことに心から感謝いたします。

 

レポートにも書かれていますが、5月末の学級ですから「まだまだこれから」の姿です。今回の参観は、ちょっと勇気を出してお引き受けしました。だって、まだまだなんですもの。私が「最高水準」だなんて、全く思えません(~_~;)

私にとって新しい学級を持った直後というのは、毎回「地獄の苦しみ」です。
去年の3月までは、私は教室で至福の時間を過ごしていました。3学期の職員室では仕事に追われて超絶多忙ですが、教室で学ぶ子供たちの姿を見ているのが、ストレス解消になるくらい。それくらい至福です。
けれど、4月になると急転直下です。真逆の状態です。ゼロからコツコツと積み上げていくことになります。(ゼロからなら、まだマシですね…。)この「寒暖の差」で、精神的に風邪をひくのが1学期の通例です。レポートに

高橋さんは一方で、一日を通じて、「一人も見捨てない(見捨てたくない)」という言葉を一度も使いませんでした。

とあるとおり、現在の私は「一人も見捨てるな」と言うことはほとんどありません。もちろん、この精神は私の在り方の深いところに存在しています。年に何度かは口にするでしょう。
でもね、クラスの子供達を見れば見るほど、知れば知るほど、見捨てる側に安穏と立っている子なんて居ないと感じます。「見捨てるな!」と求める対象が見当たらないのです。だから、軽々しくは振りかざせません。
ですから、日々静かに、時々熱く、子供達に「成長すること」や「つながり」の大切さを解いていっています。


石川さんは

結論を先に書くと『学び合い』はすばらしい可能性を持っていると実感しました。しかもそこにはやはり言語化しにくい(説明しがたい)何かがあることもわかり、むしろそれで安心しました。

と書いてくださっています。素直に嬉しく思います。けれども、「『学び合い』はすばらしい」ではなく、「可能性を持っている」なのです。可能性を可能性のままで終わせないために、これからも、苦しいけれどもがいていくしかないんだよね。そうあらためて感じました。

 

石川さん、ありがとうございました。