『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

私はみんなに命令したくありません

今日は始業式。今年度は6学年担任と学年主任を仰せつかった。同学年はなかなか見所のある若者である。転勤してから毎日、忙しいけれど楽しい毎日を送ってきた。

 

私が今日、子供たちに語ったことは次の3点であった。

1つは「私は日本一の先生になりたいのです」ということ。これは着任式でのあいさつで語った。私にとっては定番の言葉である。

もう1つは「私は普通なら福島県でしか働けないのです。特別に宮城県で働くことになり、たまたまこの学校で務めることになり、6年生を担任することになった。これって奇跡的な確率だと思っています。普通なら出会えないみんなと出会えたんだから、普通の学年、普通のクラスにするつもりはありません。奇跡のような素敵な1年間にしたいと思っています」と語った。

そしてあと1つは「私はね、6年生を半分以上大人だと思っています。だから、みんなに『静かにしなさい!』『早くしなさい!』なんて怒鳴ったり、命令をしたくありません」ということである。ここ数年、私が初日に伝えるようにしているメッセージだ。

 

最初の2つについては、雑誌等に書いたこともあるので、最後の「命令したくありません」についてちょっとだけ説明しておきたい。

暴言が許されないのは当然のこととして割愛するが、例えば子供たちが騒いでいる時に「うるさい!!静かにしなさい!!」と大声で叱る怒鳴る指導はなぜ駄目なのだろうか。私は、怒鳴ることとは、一部の「うるさい子」に目を奪われて「静かにしようと努力している子」をないがしろにしてしまう行為だからだと考えている。それは「静かにしようと努力している子」を見捨てる行為であるとされ感じられる。本来は学級経営の強力な味方となってくれそうなそういう子の信頼と意欲を削ぐ行為だとも言える。だから、怒鳴りたくない。
一方で、まだ集団ができていない状態では、子供たち自身でブレーキをかけられない時もある。
そこで、最初に怒鳴らない指導ができるように布石を打っておく。それが「私は命令したくありません」なのだ。

もし、明日以降、子供達の怪我やトラブルが心配になるくらい騒いでいたら「ちょっと聞いてください。私は命令したくないって伝えましたよね。今のままでは怪我が心配です。ちゃんと自分たちでブレーキをかけてください」と伝えるつもりである。


まあ、技術としては大したことではない。けれど、私にとっては、重要な言葉である。