『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

10年目に入る。

今年は、昨年までと比べると少し穏やかな気持ちで今朝を迎えた。
もしかすると、それは福島からも、海沿いからも離れて働いているせいかもしれない。

昨年度までは、毎日、海を見ながら通勤していた。自宅からは海は見えないが、通勤経路から海が見えたのだ。朝日に輝く海を見ながら車を走らせていた。
「あんなことがあっても、海は変わらず海なのだ」
と思うと、もちろん綺麗だと感じるものの、少し腹立たしい気持ちにもなった。
でも、今は、めったに海を見ない。何だか震災の記憶も薄れていくような気がして、罪悪感がある。


先月、震災の時に担任していた子供達に会った。盛り上げ役だったY君が急に来られなくなってしまったのは残念だったけれど、高校生活を終え、新しい世界へと進もうとしている子供達の姿に、大いに感激した。そして、教え子達にこう言われた。

「先生、どんな本書いたんですか?」

「俺、ネットで見たよ!」

「先生の本、予約しましたよ」

ああ、思い出した。私が『学び合い』を広めようと思ったきっかけは、この子たちだったのだ。この子達の姿を見て、私は『学び合い』の素晴らしさを実感し、この子たちの「これからも『学び合い』で学びたい」「『学び合い』をやる先生が増えたらいいのに」という言葉を受けて、『学び合い』を広めようと思ったのだ。

あれから9年。私が働いていた町では、流された駅は新しくなった。高速道路が開通し、間も無く、鉄道も全線開通する。仮設住宅もほとんど撤去された。
一方で、福島第一原子力発電所の廃炉は予想通りに想定外が続き、予定通りに進ます、どんどん遅れている。「やっと除染開始です」という街もある。人口の流出は止まらず、流出というか何というか。
10年目に入るが、やっぱりまだまだ「震災」が終わっていないのだ。じゃあ、あと10年後は、どうなっているのだろう。震災の記憶は薄れていくけれど、あの苦しさは日常にこびりついて取れず、人口減少や別の災害や今回のコロナのような新たな恐怖が押し寄せてくるのかもしれない。


日本の未来は、やっぱり暗いのか。

 

そう思うことはある。けれど、暗闇の中で震えて過ごすのか、小さくても火を灯し未来に向けて照らし続けるのかは、自分次第だ。共に、その灯火を掲げてくれる仲間もいる。

私も数年後にはまた、毎日海を見る生活に戻るだろう。その時までにもっと自分にできることをしていきたい。

そして、その頃には、もう一回りたくましくなった教え子たちに会えるだろう。それも楽しみだ。