『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

考え方としては分かっていても

『学び合い』に出会って私は大きく変わった。特に大きな変化だと感じているのが、集団を理論的に動かすことができるようになった、という点だ。若いことは、勢いに任せたり、自分の過去の経験を踏襲したり、先輩や本の真似や追試をしたり、よく言えば直感的、正直に言えば行き当たりばったりで子供たちに接していた。当時の私としてはそれが精一杯だったし、世の中のほとんどのクラスがそういう学級経営であろうから、それが悪かったとは言わない。でも、不安定だったなあとは思う。

『学び合い』に出会って、集団とはどう動くのかが分かってきた。ほとんどの人間は、学び合いたいという衝動を持っている。だから、多くの子供が学び合いたいと感じているトップランナーが学んでいると、集団のほとんどが学びへと向かっていく。でも、それだけだと、集団がだんだんと緩んでいく。衝動的な学び合いは、限定的な効果しか生ないから、だったら一人でやったほうがいいな、と考えるトップランナーが出て、集団としての力が下がるのだ。緩んだ集団は、相対的な満足を得ようと、足を引っ張り合う。そうしないためには、課題のレベルを上げつつ、一人も見捨てないことの必要性を実感できるようにしていく必要がある。

もし、教員が間違った力を加えて、学びへと向かわない子を軸に据えてしまうと集団全体が学ばなくなっていく。昔の学級崩壊とは違う崩れ方。向山洋一さんが「新型学級崩壊」という話を10年くらい前にしていたけれど、それともちょっと違う形だ。ほとんどの子は従順に教員に従っている一方で、一部の子が全く言うことを聞かない、そんな状況をこの10年で何度も目にしてきた。これは、集団がどう動くのかが分かると、その原因も対策も見えてくる。

どこに学級の軸を据えるのか。それが非常に重要なのだ。

イメージして欲しい。籠の中に30色のボールが入っている。それを傾けて、箱の中に移す。その時、個々のボールの動きを正確にコントロールする自身があるだろうか。「最初に赤を、次に黄緑を、そして緑、青、黒、オレンジ、朱色の順で箱に移そう」なんていうように、順番を決めて入れようとしたら、多分、ボールがいくつもこぼれ落ちる。赤ばかり見ていたら、他のボールが見れなくなるからだ。でも、色に拘らず、箱に入りやすそうな物から順に入るように籠を傾けていけば、こぼれ落ちる心配は少ない。傾ければ、ボールは自然と傾けた方向へ落ちていくのだから。

そうは分かっていても、どうしてもボールをコントロールしようとする衝動が捨てきれない。悲しい性。しかも、相手はボールではなく、意思のある人間だ。ボール以上にコントロールなんてできない。自分を大きく見せたいという欲求を捨てて、見守れるか。俺はできている!なんて口が裂けても言えない。

 

考え方として分かっていても、それだけじゃやっていけないよね。結局は、理論を超えて、自分が人としてどう在りたいかが問われるのだ。