『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

軸足の話をもう少し

30代の頃は、こんなことをやっていた。

 

自分が担任しているクラス以外の「手のかかる子」と廊下ですれ違った時に「おお!○○、おはよう」と名前を呼んであいさつする。

そういう子をからかったり、ちょっと遊んだり、話しかけたりして、顔や名前を覚えてもらう。

来年度へ向けての準備として、今年のうちに関わりを持っておく。

 

ちょっと訳ありのクラスや児童を担任することが多かった私の、ちょっとした小技だが…。

やっていた時は気付かなかったけれど、今となっては、迷惑だし、リスクが高い危険な行為だと分かる。

 

迷惑というのは、今の担任の先生にとってはマイナスな行為だと、内心分かっていたということ。簡単に言えば、子供に「今年の担任の先生よりも、私の方が良い先生でしょ?」というアピール。そういう嫌な面が自分の中にあるのだと、私は自覚している。

リスクが高い、というのは、昨日の「軸足」の話とつながる。「手のかかる子」と言われている子を助けたい、成長させたい、という気持ちは大切だと今も思うけれど、でも、そういう子を取り立てることで、クラスが崩れていく可能性が高まる。上手く収めたとしても、今度はいじめが発生する可能性が高まる。助けるべきは全員。成長させるべきは全員。それを忘れてしまうと、私の学級経営は上手く回らなくなるのだ。

 

私が『学び合い』を始めたのは「どうしても救えないあの子」を救いたいと願ったからだ。

けれど、「一人も見捨てないとは、どういうことか」を本気で考える日々の中で、救うべきは全員なのだと痛感した。

毎日笑顔で登校しているけれど、本当は苦しんでいる子もいた。

成績優秀で友達もたくさんいるのに、自分に自信を持てない子もいた。

10年後、20年後の幸せを考えると、黄色信号が点っている状況の子は本当に多い。

 

そこに目を瞑って、取り敢えず目立つ子にだけアプローチしてしまうから、おかしなことになる。

私は、クラスの31人全員の担任なのだから、一人に対しては1/31の先生でしか居られない。

この辺りの話は、ブログには書ききれない。来年に出せそうな本に書こうかと思っている。