『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

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低学年担任は難しいなあ。日々、そう感じている。

高学年担任と比べてどちらが大変か、という話ではない。教育という営み自体が、難しく、苦しく、でも大切なのだ。どんな学年、どんな学級、どんな子でも、教え育むことが簡単なわけがない。21年間、満足できたことなどない。

 

昨年は6年生。娘と同じ歳の子供たちを担任するのは、変に感情移入してしまって難しかった。

今年は2年生担任。かわいい。息子よりも小さい学年を担任するのは、初めての経験だ。学校再開当初は、あまりのかわいさに、赤ちゃん扱いしそうになってしまった。けれど、それじゃ育たないのは分かっている。かわいがりたい気持ちをグッと堪えて、ちゃんと「もっと!」を求める。そうすると、やっぱり伸びる。低学年の心はスポンジ。こちらが手渡したことを、びっくりするくらい吸収してくれるように見える。でも、そこに難しさもある。小さく見えても、ちゃんと7年間の人生経験がある。私に見えないだけで、スポンジにはその子の経験が染み込んでいて、個性が形成されているのだ。それぞれの個性に合わせて、手渡すものをカスタマイズする力量があればいいのだけれど、私には無理。となると、私は「一人も見捨てないクラスにしよう」という方針を示し、自らの課題に合わせて、それぞれにカスタマイズしてもらうしかない。結局は、どの学年でもやることは一緒なのだな。

 

昨日は、下校直前に、他学年の先生に頼まれ、他学級の児童から聞き取り調査。すると、教室から遠く離れたところにいた私のことろへ日直の児童が二人やってきた。

「キャプテン、帰りの会やってていいですか」

もちろんオッケー!私がいなくても、帰りの準備を整え、

「帰りの会やっていいんじゃない?」

「じゃあ、キャプテンに聞いてこよう」

という合意形成が行えるくらいにはクラスもまとまってきたんだなあと感じた。私が教室に戻ると、帰りの会が終わるところ。夏休みが明けたら、私に聞かずに帰りの会も勝手にやるようになって欲しいし、そのうち、私がいなくても勝手に授業を始めているようになっていくといいな。

こんな状況だから、なかなかやりたいことはできないけれど、でも、やりたいようにやれたことなんて無い。

1年後、2年後だけじゃなく、数十年後の幸せも考えて、柔らかいスポンジに水を撒く日々である。