『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

都合の良いお守役!?

『学び合い』のセオリーでは、「一人も見捨てないことが、自分にとって得であること」を語る。それに納得し始めると、子供たちの一部が「分からないところはどこ?」や「ここが分からないから教えて」など、積極的に動いてくれるようになる。私はそういう子たちを、感謝と敬意を込めて「トップランナー」と呼んでいる。

でも、気を付けなくてはいけないのは、トップランナーが積極的になってくれるのは、自分にとって得だという実感があるからであって、滅私奉公をしてくれているわけではない。そこを勘違いすると、トップランナーに「勉強が苦手な子のお守役」を押し付けてしまう。ちょっと極端な言い方をすれば

「勉強を教えるのは、あなたにとって得なんだよ。ほらほら、あの子に勉強を教えなきゃ!次はあの子、その次はあの子だよ。嫌なんて言わないよね。このクラスは一人も見捨てないクラスなんだから!」

といった感じだろうか。

私のクラスの子たちが積極的に勉強を教えているのは、それによって勉強ができるようになるからだ。その教科が好きな子にとって「学び甲斐がある」課題を用意することで、トップランナーがしっかり学んでくれる。私が用意する課題は、それほどスペシャルなものではない。それがちゃんと単元末のテストにつながっていること、それでいて、トップランナーにとっても学び甲斐のあるもの、という基準だ。学び甲斐のある課題づくりを、難易度を上げることで行おうとすると、だから、任せる時間を長くしていく、という方策を取っている。(これについては、拙著「流動型『学び合い』の授業づくり: 時間割まで子どもが決める! (教育単行本)」に書いた。

 

私が出す課題は、平凡だ。心掛けているのは「教科書の内容を、あまり親切になり過ぎないように気を付けながら、課題にする」ということ。理由は三つ。

  1. 親切な課題は、トップランナーにとって簡単過ぎるから。
  2. 親切な課題提示は、時間がかかるので、児童が飽きる上に、学び合う時間が減ってしまうから。
  3. 教科書から離れると、一生懸命に教えても、テストの点数につながらず、「教えると自分も理解できる」という実感を得にくいから。

である。

高学年担任の時には、「学習進行表」という名の課題一覧を作って配付していた。口頭での説明は、極力しない。進行表を見ながら学習を進める、というのは児童にとってはなかなかハードルが高い。また、2年生担任である今年は、ワークシート中心に授業を進めている。T社の教科書がもう少し使いやすければ、作らなくて済むのに、と思いながら。まだ単元『学び合い』に進めないのは、私の不徳の致すところ。ワークシートと言っても不親切な作り。2年生相手でも極力説明はしないので、これまた児童にとってはそれなりにハードルが高い。

その高いハードルを越えて、さらにはクラスの全員も越えられるように手助けをしたのに、ワークテストごときも出来なかったら、私なら「この勉強、意味あるのかよ!アホくさっ!!」となる。また、テストの点数は取れても、自分の能力が高まっていく感覚がなければ「つまらん」となる。こういう感覚は、トップランナーに成り得るような子なら、大なり小なり持っているだろう。授業の中に限って言えば、「自分にとって得」というのは、「教えることで力がついた」と感じられることだ。だから、トップランナーは教えてくれる。無条件で教えてくれる都合の良いお守役ではない。親子や夫婦じゃないのだから、無償の愛を期待しちゃいけない。

ワークテストを使わないなら、その代わりの評価方法に適した課題を出さなくてはならないだろう。しかも、その学習が好きな子、得意な子が「力がついた」と感じるような課題である。

 

じゃあ、それってどんな課題なのか。

ごめんなさい。私には「あなた」のクラスのトップランナーの様子が分からない。だから、どんな課題がよいか判断がつかない。その答えは、あなたのクラスの子供たちの中にあるのだと思う。