『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

自分の限界を認めるのは、辛いけれど必要だ

数年前の話。

とある仕事を命じられたけれど、

「すみません。私にはできません」

と断ったことがある。当時の私は、通勤に片道80分ほどかかる職場に勤めていて、更には、教務主任と担任を兼務していた。その状況で、確実に毎日、1時間以上は時間をとられる仕事を「児童のために、お願いしたい」と言われたのだ。私は、人と違うスタイルの授業を「許してもらっている」自覚があるので、頼まれたら仕事は可能な限り引き受けるようにしている。でも、その時は本当に無理だと判断した。それを引き受けたら、確実にクラスが壊れただろう。数年経った今でも、断ってよかったと感じる。

 

でも、断れたのは、私がそれなりの年齢と立場にいたからだ。若い時なら、無理でも引き受けただろう。それは、立場的に断れないという理由もあるけれど、同時に、自分の限界なんて自分自身が分かっていなかったからだ。やれと言われたら、やるしかない。そもそも、大学卒業してすぐなんて、学級担任をする力量もなかったのだから、自分の力量に応じて仕事を引き受けたり断ったりしていたら、何もやれることがなくなっていただろうな。

 

経験を重ねる中で、やれることは増えたつもりだけれど、一方で、

「ああ、自分の力量では、ここまでだな…」

と悟ることも増えた。若い頃は、自分の限界を認めることは、ちょっぴり辛いものがあった。もっと“良い先生”になれると思っていたから。

 

でも、自分の限界を認めるからこそ、やれることはやり切りたいとも思える。限界のちょっと先を見据えて、新たな挑戦をしたいとも考えられる。

だから、自分の限界を認めなくちゃいけない。辛いけれど、私には必要なことなのだ。