『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

巻き込む

私の学級経営は、巻き込む学級経営だ、と私自身は思っている。

「良いクラスにしたい」という私の気持ちに、クラスの子を巻き込む。もちろん、全員は巻き込めない。でも、巻き込まれていいと感じてくれる子を可能な限り多く巻き込む。

私が考える「良いクラス」は、「一人も見捨てないクラス」であることが大前提。だから、私に巻き込まれた子は、クラス全員を巻き込もうとする。私には巻き込まれなかった子も、友達なら巻き込まれて良いと思っている場合が多い。結果として、大多数の子を巻き込むことができる。

友達にも巻き込まれたくない子も、一部だけれどいる。そういう子とは、適切な距離で付き合えればいい。一緒にどう?と誘いつつ、嫌だと言われれば距離を取る。決して攻撃はしない。攻撃には反撃が付き物だからだ。そうこうしているうちに、気が付けば、巻き込まれたくなかった子も結果として巻き込まれている。『学び合い』を続けて10年。今まで、全く巻き込まれなかった子はいない。

 

でも、違う言い方をすれば、私一人ではほとんどの子は巻き込めない。

ここの認識が、多くの人と、私とで異なっているとも感じている。

多くの人は、自分は大多数の子を引き付けられると思っていて、引き付けられない(と感じている)一部の子のことで頭を悩ませているように見える。そして、その一部の子を引き付けるために、アレコレ手をうつ。一部に向けて打った手は、大多数にとっては無意味な上に、時にはマイナスに作用する。授業中にふざけている子の対応に躍起になっているうちに、真面目で一生懸命な子の心が離れていく様を何度も見た。

どこが間違っているのかというと、「大多数の子を引き付けられる」と思っているのが、大きな勘違いなんじゃないか。

 

全ての子を引きつけたり、好かれたり、巻き込んだりすることは、私には不可能だ。半数も無理だ。

けれど、全ての子に幸せになって欲しい。

だから、『学び合い』なのである。