『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

自己責任と最適化

この生き方を、この人生を自分で選んだんだから、自分の責任だ。

 

そういう自己責任論的な言い方を散見するけれど、本当にそうなのかな。選べるほどの選択肢が与えられた人生を、どれだけの人が送れているのかな。選択したにしても、「これしか選びようがなかった」というような消極的なケースが少なくないように思う。少なくとも、私はそうだよ。

 

学びについても同様だ。私は、児童が選択できるということを大切にしているけれど、一方で、消極的選択=それしか選ぶものがないという子がいることも忘れないようにしている。「自分で選べば、みんなハッピー」みたいには、どうしても思えない。だから、個別最適化とか自己最適化とか、そういう言葉に対して警戒心を持っている。最適という言葉から「自分で選んだんだから、最適でしょ」「選んだのは自分なんだからね」という考えが透けて見えるようで、苦しい。

 

自分で選んだものをより良くする努力ができる人間でありたいとは思う。が、それはあくまで私の個人的な目標だ。それを全ての教え子には求められない。全ての人が、恵まれた選択肢を持っているわけじゃないんだから。グレイト・ギャッツビーだな。

これからの日本は、ますます選択肢が少なくなっていきそうだ。国が衰えていくというのは、そういうことだよね。だからこそ、我が子にも、教え子も、多様なつながりを得て欲しいと願っている。多様なつながりとは、言わば、互いに選択肢を交換できる仲間を得ること。私には魅力的でない選択肢が、他の人には魅力的かもしれない。「お友達」グループは、心地よさは味わえるが、問題の解決には不足する。似たような選択肢しか持っていないからね。それよりも、もう少し大きくて、もう少し多様なつながりが人生の役に立つ。私も、あることで強く実感した。ただ、それが「最適だ」と言い切る乱暴さは、遠慮願いたい。

最適な選択ができる、なんて幻だよ。