『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

卒なくこなす

もし私が20歳若く、2020年の学校に初任者として赴任したら、どんな風に仕事をしただろうか。そんなことをふと考えた。
今でも大人になりきれない私だが、若い頃は更にひどかった。上の言うことを素直に聞く気がなかった。よく怒られた。でも、それが許されると心のどこかで分かっていたのだろう。甘えていたとも言える。

現在は、そんなことは許されない。私が今初任者だったら、誰にも怒られないように、卒なく仕事をこなすことを、最優先にするかもしれない。私はもともと器用貧乏で、こなすことは得意だ。だから、最初の1年は無理でも、2〜3年経てば、それなりに上手くやったかも。でも、生き方としては不器用だから、結局、周囲とぶつかった可能性が高いかな。今は、20年前とは違い、上とぶつかる20代なんて許してもらえないだろうな。

本当に、今の学校は、未熟であることを許してもらえなくなった。そして、成長を待ってもらえなくなった。心優しい周囲の人々も、若者に卒なくこなすことを促す。その優しさの中で、皆の手から大切なものがこぼれ落ちていく。

 

そう考えると、今の若者に「仕事も、授業も、卒なくこなそうとしていると、後々苦労するよ」なんて言えなくなる。
卒なくこなせるようになったつもりが、その後に可哀想なくらい苦労している人に「ほら、みたことか。だから駄目なんだよ」なんて言えるものか。

ほぼ間違いなく苦労するだろうし、実際に駄目なんだけれど、彼らは、他に選択肢がなかったのだ。「こなす仕事」が嫌で、とことん頑張ってしまう(そして、頑張れてしまう)人は、多くない。能力不足とか資質不足とか、そんな風に切り捨ててきたから、学校からどんどん人が足りなくなってしまった。ついでに言うと、「教育委員会が悪い」「管理職が悪い」という声もどんどん大きくなっていくから、管理職の成り手も足りない。学校の瓦解はどんどん進むだろうな。

 

ネガティブなことを書いたが、そんな中でも生き残っていく方法は、私なりに考えている。

一言で言うと「つながり」ということだ。これを、10月24日の『学び合い』の会と、小学館のセミナーで話そうと思っている。