『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

半分嘘、半分本当

学級集団の力をうまく機能させられない教員は、私が知る限り例外なく「ルーズ」だ。
学級集団の力をうまく機能させる教員は、「ちゃんと」しているのである。学級集団の力をうまく機能させられる教員が
「私が適当で駄目だから、子どもたちがしっかりしちゃって。」
なんて言っていることも多いけれど、これは半分嘘だと断言する。でも、半分ね。


集団が機能するには、明確な指針が必要だ。「これを大切にして!」の「これ!」がちゃんと集団(の2割)に伝わっていることが、条件なのである。「これ」を明確に示す有名な指導として「先生が怒るのは3つの時です」をご存知の方も多いだろう。「3つの時」を示したなら、それを「ちゃんと」守らなくてはいけない。これは非常に難しいことで、ほとんどの教員は3つの時以外にも怒る。だから、集団の力が機能させられない。

ちなみに、『学び合い』で示す指針は「一人も見捨てない」である。とはいえ、これを振り回していても集団は機能しない。一人も見捨てないとはどういうことかを「ちゃんと」と説明し、ちゃんと見取り、ちゃんと感謝しなければいけない。何より、教員が「一人も見捨てたくない」と「ちゃんと」思っていなくてはいけない。

「これ」を明確にすることは、それ以外について重視しないことになる。優先順位がはっきりしているから、それ以外は「まあ、いいか」と成りがち。だから、できる教員は「私が適当で駄目だから…」という発言をしがちなのだけれど、これを「そうか、適当でいいんだ」と都合よく解釈してはいけないのだ。

 

「これ」が明確に示されていないと、自分の都合で勝手な行動をする子がでてくる。それが集団の2割を超えたとき、教員の手に負えなくなる。
「これ」がブレてしまうと、子どもたちは迷って行動できなくなる。迷っている時に感情的な指導が入ると、個々人の意欲がどんどん下がって、無気力な集団になっていく。
「これ」を明確にしたつもりでも、それが集団の2割に受け入れてもらえないと、理論上は集団は動かないだろう。でも、私は過去に「これ」が明示されているのに受け入れられないという学級を見たことも聞いたこともない。「明示しています」という方でも、よくよく話を聞くと、曖昧だったり伝えていなかったりする。
つまり、大切なことに対してルーズなのだ。


じゃあ、これを教室だけではなく、職員室で行うにはどうすればいいのか。
それが私の悩み。これがシステムづくりも含めて非常に悩ましい。