『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント 繋がる国語科 アクティブ・ラーニング
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nao_takaの『縦横無尽』

福島県の小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。

当ブログの内容は、全てなおたかの個人的見解です。


「教えない」もテクニック

時々、「『学び合い』では教員は教えてはいけない」という言葉を聞くと、「まあ、方便としては、そう言うしかないよね」と思う一方、不正確だとも感じます。子供たちに対して「先生は教えません」と言うのも、説明不足かもしれません。

 

私は、子供たちには「先生は全員に教えられません」と言います。教えないのではなく、教えられないのです。でも、全員を助けたいとも思っているのだと伝えます。「だから、みんなでやって欲しい」のです。

また、保護者さんには「教えるべき時には、しっかり教えます。でも、その時って、皆さんが考えているよりもずっと少ないのですよ」と伝えます。プロとして研鑽を積んできた結果として、そう思うからです。

 

教員が教えようとすると、とたんに子供たちは受け身になります。教員の意を汲むのが得意な子ほどそうです。ですから、可能な限りこちら側の「教える気」を削ぎ落とさないと、子供たちは「どうせ最後は先生がやるんでしょ?」と受け身にさせてしまう失敗は、何度も経験しています。だから、「教えない」と宣言することで、子供たちが受け身になるのを防ぐのもアリでしょう。でも、それも「テクニック」にすぎません。教えない振りをしても、教員が最後の美味しいところを持っていこうとすれば、子供たちはっと言う間に受け身になりますから。

月曜日

月曜日は、どうしても「チームワーク・メーター」が下がり気味。しかも今週は「初めての書写」からスタートしたのが大失敗。関わり合いよりも一人の活動が多め。月の時間割計画を立てる時に、もう少し練っておくべきでしたね。

 

でも、墨をこぼしてしまった子がいたり、片付けに戸惑っている子がいたりすると、さっと手伝ってくれる姿や、説明を聞いていない子にこそっと伝えてあげる姿はたくさん見られて、「ああ、やっぱり授業の中で、子供たちの関係は温まっていくんだよね」とも感じました。

 

でも、やっぱり、計画は大切です。早く学校に慣れて、落ち着いて考えられる状況になりたいものです。

丸ごと認める

お互いの「良さ」を認める。という話を聞いて、それを悪いことだと考える人は少ないでしょう。私も、悪いことだとは言いにくいです。でも、足りないなあとは思います。良さを認める、というだけでは、集団が上手く回らない予感がするのです。

集団の中で折り合いをつけるには、決して「良い」とは言えないことも、ちゃんと認め合わなければいけないでしょう。例えば教室にはちょっとしたことでキレてしまう子がいるものです。その子がキレやすいことも認めてあげ、「この子はこういう時にキレちゃうよね」と分かってあげればいいのではないでしょうか。そうすれば、その子も、周囲の子も嫌な思いをすることがぐっと減ります。

良いところに目を向けるだけではなく、こんな風に「良くないところ」も分かってあげることが大切だよね、と思うのです。

けれど残念なことに「周囲に甘えていると将来困る」という話も聞きます。そうか、周囲に理解してもらうことは、甘えなのか…。

でも、私は今まで自分のクラスで、周囲の理解と助けの中で、周囲との関係も、本人の行動もどんどん改善していく姿を山ほど見てきました。そういう姿を見ると、周囲の助けを得られず、いつまでも苦しんでいるよりもよっぽと「将来の役に立つ」ように感じられます。

でも、多くの場合、教員が認められないんでしょうね、その子の「良くない面」を。丸ごと認めるって、胆力が必要ですから。