『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

『学び合い』のあれこれ

知らない方が幸せなのかもしれない

私は『学び合い』による授業に取り組んでいる。『学び合い』とは、「一人も見捨てなくない」という教員の願いを実現するために、人間の衝動を利用して集団をゆるやかに動かすための理論だ(と、私は考えている)。 『学び合い』の理論による授業で典型的な形…

いるからこそ

『学び合い』を実践して、おそらく12年目くらいだと思うが、毎年のように感じるのが、「やっぱり『学び合い』が合わない子はいるよね」ということだ。 『学び合い』に違和感を抱く方からもよく、 「あなたのクラスには『学び合い』が嫌だという子はいないの…

合わない子はどうするんですか。

『学び合い』に関してよく聞かれる。 「あなたのクラスには『学び合い』が合わない子はいないんですか?合わない子はどうするんですか?」 私はいつも 「当然います。そういう子は『学び合い』が良いと考えている子が支えてくれています。『学び合い』の恩恵…

無理なものは無理だ

こういう変なTweetに反応があるから、よくわからない。 ちょくちょく「個別最適化」という言葉への嫌悪感を書いていますが、もっと嫌いな言葉があります。それは、「一人一人に寄り添う」です。こういう「実現不可能なのに、正しそうな顔をしてのさばってい…

『学び合い』的な音読

先日、国語の時間に、いわゆる「一文交代読み」を行った。その姿が、実に『学び合い』だなあと思った。子供たちの中には、当たり前だけれど音読の苦手な子もいる。しかも、新しい単元に入って初めての音読である。つっかかってしまう子がいて当然だ。でも、…

2年生の『学び合い』

私は高学年を担任することが多い。教員生活21年目だが、そのうち8年間は6年生担任だ。 昨年は6年生担任だったが、今年は2年生担任。どの学年でも『学び合い』で起きることは、基本的には変わらない。『学び合い』は人間の「学び合いたい」という衝動を利用…

繰り返す

『学び合い』のセオリーは強力だ。もちろん、現実は理論通りにならない面もあるから、『学び合い』による授業を続けるには、理論と現実の隙間を埋める柔軟性が必要なのだけれど(そして、それが非常に難しいんだけれど)、逆に言えば、『学び合い』の理論に…

忘れていく感覚

今週、行なった、あるワークテスト。とりあえず、全員80点は超えた。平均は97点。 20代の頃は、ワークテストの平均点を90点台にするのが一つの目標だった。当時、TOSSの「教室ツーウェイ」に「平均90点」の話が書かれていた。算数の話だったかな。それを読ん…

面白い授業

若い頃は、本当に糞つまらない授業をしていた。その当時は分からなかったが、今なら分かる。 「こうするのが正しい」「これをしなければいけない」「このやり方が一般的」「こうすべき」と言われることを寄せ集めて、授業をしていたから。 私自身は、別に正…

軸足をどこに置くか

学級経営の軸足をどこに置くか。 ここ数年の私のテーマである。 苦しくなった学級の後を引き継ぐ時、必ずと言っていいほど、中心人物について話を聴く。「この子が荒れの中心で」「この子が前担任に反抗的で」「この子が他の子を動かして」というように。け…

予定通りの2日目

3日連続研究授業の2日目だった。 繰り下がりのある引き算の学習である。 昨日の「イマイチ分からない」という雰囲気から、今日は「あー、そういうことか」という反応。これは予想通り。ちなみに課題は「(繰り下がりのある引き算を)ひっさんでできる」と…

戦略

明日から3日連続で研究授業をする。「良い授業」をすることや、自分の腕を上げることもねらっている。見てもらうことで、クラスに磨きがかかることにも期待している。けれど、これらは本当の意味での目的ではない。 私は、交流人事で今の学校に勤めているの…

センス

同僚の何人かが、『学び合い』に挑戦してくれています。今日、ある先生がこう言いました。 「学び合いの授業の方が、自分で授業をしているよりも、疲れます。」 若い先生のこの言葉に、私はセンスの高さを感じます。そして、責任を持って育てなければならな…

時代は動いている

まだ始業式前なので詳しいことは書けないが、新年度が始まり、少しずつ準備を進めている。 ここ数年、『学び合い』で授業をすることが非常に楽になったのを感じる。『学び合い』を知っている同僚が増え、訝しがられることが減っているからだ。更には、『学び…

スタートダッシュはできるのか

東日本大震災の後は、福島県では「授業中も常に窓を閉める」ようにしていた。被曝を減らすためである。4月に学校が再開されたら、今度は、「常に窓を開ける」ようになるのだろうか。窓の開閉については正反対だが、様々な報道がなされていて、いったいどれが…

尊重するということ

よく言われること。 「一斉指導と『学び合い』を分ける必要はない。分けるから、対立するのだ」 なるほど。確かにそうかもしれません。でも、私にとっては、一斉指導と『学び合い』は「別」です。一斉指導(一斉授業)は、授業形態であり、授業方法でしょう…

30年後

坂内さんのFacebookの投稿が読めない人には分かりにくいところもあるかもしれないが、許していただきたい。 今の私は「教材研究」にあまり興味がない。これまでも人並みには教材研究をしてきたと思う。坂内さんの話の流れで言えば、「ごんぎつね」が鈴木三重…

札幌セミナー終了

今年の「これからの教育を考えるセミナー」が終了した。みゆき会での「反省会」を終え、空港に向かう電車内も、空港でも、飛行機でも、帰宅後も、ずっと「反省」を続けている。 今年の私は「中途半端」だった。 初日は時間が足りなくなってしまった。私個人…

恐れなくていいのに。

今日の放課後、職員室で話したこと。多くの教員が「子供たちが言うことを聞かなくなったらどうしよう」と恐れている。同僚の先生が「うん。怖いです」と話してくれた。もちろん、私にも、そういう気持ちがないわけじゃない。 もし、クラスに「先生の言うこと…

『学び合い』を続けるために

『学び合い』は始めるのは簡単だ。でも、続けるのは難しい。『学び合い』をとりあえず始めるだけなら、とりあえず、この本を読んでおけばいい。 クラスがうまくいく! 『学び合い』ステップアップ 作者:西川 純 出版社/メーカー: 学陽書房 発売日: 2012/07/19…

広めたいのには、訳がある

私は、『学び合い』を広めたいと考えている。それは、私が少しでも「楽」になるためだ。 私は昨日、ある子の姿を見て、涙が止まらなくなった。『学び合い』の考え方をより多くの人に理解してもらえれば、あんなに苦しそうな子を見ずに済むのに。 私のクラス…

手放せない

多くの教員は「子供主体の授業」と言いつつ、子供達に授業を任せられないようです。 また、少なくない教員が「子供主体の授業」と言いつつ、ただの放任になってしまうようです。 私は、『学び合い』を継続する中で、「子供主体の授業」とはどういうことか、…

バランスを崩している

今日の放課後は、同僚の先生に1時間以上に渡って、『学び合い』の基礎についてレクチャー。来週から挑戦したいとのこと。最初の質問は 「課題はどんなものを出せばいいんですか?」 だったが、それには答えず 「その前に、ちょっと説明。課題を出す前に、話…

卒業文集の季節

クラスでは、子供達が卒業文集を書き始めた。今日はテーマの決定。 小学生の卒業文集と言えば、定番の内容は「行事」か「将来の夢」だろう。今年のクラスも、そういった内容が多い。でも、クラスの2割くらいは、『学び合い』のことを書くようだ。 卒業文集…

均質

今日は校内の研究授業。他学年の主任の先生が、『学び合い』で授業してくれた。私のクラスと合同『学び合い』をやってくれたり、課題作りや言葉掛けについて質問してくれたり、若い同僚に『学び合い』を勧めてくれたり。そういう方なので、『学び合い』との…

シンプルにする。

今日の私は、まさに「プラスとマイナス」の1日だった。マイナスの方が大きかったな…。でも、分かっていることだ。良いことばかりなわけがない。自分の力不足をごまかさない。愚直にやるしかない。 さてさて。 この時期、なかなかシンドいクラスが多くなるよ…

素敵な先輩

今日の放課後、校内の研究授業の話合いがあった。他の学年の指導案検討である。授業者は私より少し年上の学年主任。なんと、10月から『学び合い』に挑戦してくれている。 その先生が『学び合い』に挑戦する前、同学年を組む初任の先生にこう語っていた。 「…

相馬地方断水

台風19号により大きな被害を受けた方々に、心よりお見舞い申し上げます。 私がかつて勤務した地域も大きな被害を受け、その上、断水が続いているそうです。この連休には来春出版予定の本の校正を行なっていました。その本に出てくる子供達や同僚が皆住んでい…

合同『学び合い』

今日は2年生との合同『学び合い』。2年生は算数、6年生は社会の異学年異教科で行った。 ちょっと場の設定がイマイチだったので、子どもたちが動きにくくなってしまったのが反省点。でも、金曜日には別のクラスとも行う予定なので、次回改善したいと思う。…

一人も見捨てたくない

『学び合い』の本体は、教員の「一人も見捨てたくない」という願いである。私もそう思っている。 私にとってこの言葉は、「あの子を見捨てたくない」ではない。「あの子とこの子を見捨てたくない」でもない。「全ての子を見捨てたくない」のだ。 もしかする…