『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

30年後

坂内さんのFacebookの投稿が読めない人には分かりにくいところもあるかもしれないが、許していただきたい。

 

今の私は「教材研究」にあまり興味がない。これまでも人並みには教材研究をしてきたと思う。坂内さんの話の流れで言えば、「ごんぎつね」が鈴木三重吉の手で修正されたことは知っているし、修正前の物も読んだ。原作という意味では、「おおきなかぶ」「スイミー」「ずーっと ずっと だいすきだよ」「ハリネズミの金貨」など、定番の物から比較的新しい物まで読んでいる。それに、「海のいのち」だけでなく「山のいのち」「川のいのち」「田んぼのいのち」「街のいのち」も読んだ。「木のいのち」と「牧場のいのち」は読んでないのが、私の中途半端さ。国語で言えば、学生の頃から国語学に興味があったので「にっぽんご 4の上」なんぞも読んでいる。どうでも良いこととしては、「大造じいさんとガン」の残雪は、多分、ガンではなくてカモだ、という話も知っている。

体育では「めあて1 めあて2」の二本立ての指導が、どんな理論的背景をもっているのかを調べたこともある。一時期、体育の研究授業を見るとどこもかしこも「めあて1 めあて2」だったので、知りたくなったのだ。調べてみると、なるほど、ちゃんと裏付けがある実践だった。ただ、それが広がると、もとの理論とはかけ離れていくのが宿命なんだとも思った。

今年は転勤したので、休日に、図書館にこもった。勤務地の郷土史について調べるためだ。それをもとに、旅行先である会津若松市と勤務地にどのようなつながりがあるのかを授業し、それから子供達と修学旅行の計画を立てた。

私は、不幸な事故のせいで「学術の師」を持つ機会を失ってしまった。とことん研究した経験がない。その分、自分の興味のままにフラフラと学ぶことが好きなのかもしれない。そうやって摘み食いのように学んできたことを、授業に生かしているとは思う。でも、摘み食いは摘み食い。10時間程度の調べものなんて、本当の研究と比べればお遊びもいいところ。私は、口が裂けても「深い研究が、授業には必須だ」なんて言えない。

 

ネットのおかげで、「調べ物」は非常に便利になった。昔は研究会に出かけたり、本を読み漁ったり、飲み会で先輩に聞いたりして学んだような情報を、すぐに「見付ける」ことができる。上記の「ごんぎつね」のことも、「めあて1 めあて2」のことも、すぐに情報を見付けることが可能だ。「ガンじゃなくてカモ」の話はWikipediaにのっているくらいだ。もちろん、「見付ける」ことと「身に付ける」ことは別。手軽さばかり重宝され、摘み食いの学びどころか、味見もせずに食卓に並べている教員が増えているように想像され、恐怖を感じないわけではない。だから、少なくない人が、Twitterで見かける「教員の軽さ」を心配するんだろう。けれど、杞憂かも。昔から、ほとんどの教員は「軽かった」んじゃないかしら。学校に「週刊少年ジャンプ」を持ってきて、それを読ませることでやんちゃ小僧の気を引いているような教員が、私が子供だった30年前にいたもの。


Facebookにて、西川先生から「今から30年後の、あなたと、教育はどうあるべきですか?」と問われた。30年後。順調に人生が進むなら、私は退職し、娘たちは今の私くらいの年齢になっている。その時までに何を成したいか。孫の世代の子供達がどんな教育を受けていて欲しいか。それを考えた。

今の小学校教育は、一人の担任が多くを担っている。様々な教科の教材研究をし、それを授業し、児童の人間関係を調整し、集金業務をし、各家庭への情報提供のための通信を作り。。。でも、今後はこれらが「分業化」していくべきじゃないかと思っている。子供達のことは、学校内外を問わず、いろんな人で支えていくシステムがいいな。それは「教科担任制」というような中途半端なものではない。教科担任制は、結局は「教員が多くを担う」モデルだ。

 私の前任校では、超優秀な事務職員さんがいて、学級会計のシステムをガラッと変えてくれた。担任が教材や用品を注文すると、事務職員さんが支払いを済ませておいてくれる。さらいは、定期的に「残金はこれくらいですよ」と連絡をくれる。担任は一切、現金に触れることがない。注文し、「会計報告書」を作るだけ。そういうシステムだ。

似たような「分業」意識が、授業においても生まれ始めている、と思っている。極端なのは「指導案なんて、コピペでいいじゃん」という考え。じゃあ、その指導案を最初に書く人は誰なのよ、というツッコミを入れつつ、でも、そういう意識も広がっている事実は受け止めよう。
そうは言っても、もちろん、授業には教材研究は必須だ。でも、全ての教員に教材研究が必須ではない。教材研究ができない教員は、教材研究ができる教員とつながっておく必要がある。そして、他の面で「恩返し」ができなければならない。ちなみに、今年の私の学年は、私が授業準備の多くを引き受けた。同学年の先生は、その分、体育主任の仕事と学級経営と最も得意な算数に力を注いでもらった。一方で、色々と助けてもらったことも多い。そこそこ機能したと思う。授業準備と言っても、私はそんなに深く教材研究はしていない。「単元進行表」を年間に国語社会算数を中心に、数十枚作った程度だ。

 

本当は、人事評価は、こういうことをちゃんと機能させるためにあるものなんだろうけれど、全くもって機能していない。私がこれからやりたいことは、ちゃんと機能する分業のシステムを作ることだ。今年はまだまだ校内でやりたいことをやれる状況じゃなかったけれど、とりあえず下地を整えることはできたと思う。一教諭では、複雑なシステムは作れない。とりあえずは、学年の枠を超えて、皆で助け合えるようにしたいな。そうなったら私が担いたいのは、「授業の『やり方』担当」だ。だって、先生方はそこを知りたいから。「在り方」の話は、それが通じそうな人にこっそりと。あれも、これも、とことん全部やらなきゃいけない世の中は苦しい。もちろん、とことんやりたい人はとことんやればいい。そこそこで良い人は、そこそこやればいい。
将来的には、「外部の力を上手く借りながら、校内で授業も校務も上手く分業していくシステム」を作れる人になりたい。坂内さんや古田さんみたいな変態がいなくても、ちゃんと子供達を伸ばせる学校を作る。普通の先生が、普通に働きつつ、活躍する学校。それは、工業化社会の中では名も無き存在だった大衆が、脱・工業化社会の中で、多様なネットワークを形成し、同僚を得ることで、自分の名前を取り戻していくようなイメージだ。

30年後には「今日は何やろうかな」って子供達が相談しながら登校する学校になっていて欲しい。そして「明日はどこに行こうかな」と考えながら、下校する。そんな世の中を作っていけるように、とりあえず、現時点で可能な限り、子供達が選べる授業を考えている。

ここに書いたことは、まだまだ妄想のレベルで、どうやって実現させていくか見えていない。だから、声高に叫ぶのははばかれる。でもさ、自分のブログに書くくらい、許されるでしょう。