『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

周囲の目

訳あって、毎日、お勉強しております。そのため、ブログがあまり更新できておりません。

その分、思い付いたことは、ちょこちょことTwitterに書いています。最近では、このTweetに少々反響がありました。

10年前と比べて、落ち着かない子の数が増えていると感じます。落ち着かなさの質も変わり、指導が難しくなっているとも感じます。少し前に、文科の調査結果から、坂内さんが問題提起をしていましたが、小学校では、ここ数年で、対教師暴力の件数が大きく増えています。私も「今までと同じ方法論が通じないな」と感じる状況が多々あります。

さらには、今回のコロナウイルス感染防止に関わる休校や様々な変更等に伴い、苦しさが増すでしょう。先日のみんなde『学び合い』フォーラムでもちょっと話したのですが、来年度以降、顕著になると予想しています。例えば、行事。なくなって喜んでいる教員がいます。児童もいます。保護者もいます。それらの方々は、来年度以降もなくていいと感じているでしょう。一方、復活して欲しい教員がいます。児童もいます。保護者もいます。急いで戻さなくちゃ!と本気で感じています。それぞれ思惑が異なり、それぞれの正しさがあり、小さいけれど数多くの分断が生まれそうです。その分断を乗り越えられる学校が、日本中にどれくらいあるでしょうか。私には、大丈夫と言う自信はありません。

 

私のクラスは「落ち着かない子」が居てもなんとかしてきました。これからも大丈夫という自信はありませんけれど。今のところ何とかなっているのは、私一人で何とかするのではなく、子供集団という強力な味方の協力があるからです。逆に言うと、子供集団の理解と協力がなかったら、お手上げです。
でも、多くのクラスではそうはいかないのも理解しています。私は自分の能力の限界を自覚していますから、子供たちにも同僚にも「皆さんの力が必要です。助けてください」と言えます。でも、言えない人もいるようです。自分に自信があって「全部任せろ!」という人も少々見ますが、そうではなく、「助けて」と言ってはいけないと感じている人もいるようです。それは、周囲の目を気にして。

今の学校は、皆んな、いっぱいいっぱいです。だから「私一人では無理です」とか「助けてください」という態度は歓迎されません。「チーム学校」という言葉が「だから、自分の役割は自分の責任でしっかり行ってください」という方向に使われているように感じます。若い先生も、ベテランの先生も言えません。ちなみに私は数年前、学級担任をしながら教務主任をしていて、さらには片道80分かけて通勤していた時に、「ある事情のある子の家に毎日家庭訪問すること」をやんわりと命じられたことがあります。

「無理です。できません」

とはっきり答えました。そんなことをしたら、学級が壊れますから。その子を見捨てることはできませんから、その時は福祉の力を借りました。SCさんや管理職や教育委員会にも散々お世話になりました。結果として、私が毎日家庭訪問してもどうにもならないようなことが、一応は解決しました。「一人も見捨てない」とは「何でも自分で頑張る」の真逆なのです。顰蹙を買おうが何だろうが、一人も見捨てないためには、私は何でもします。

私と違い、こんな理不尽な仕事を頼まれても、多くの人は断りません。管理職の目、同僚の目、保護者の目、そして、児童の目を気にして、弱い自分を出さないように一生懸命な姿を見ると、同情半分、申し訳なさ半分、といった心境になります。逆に、子供集団という味方を得て仕事をしている私を見ると、「楽しそう」「あんなクラスを作りたい」と思ってくれる人もいる一方で、「高橋は楽なクラスを担任していていいな」と言われたこともあるし、「羨ましい」「腹が立つ」「イライラする」と敵意を向けられることも少なくありません。そんなこと言われても困っちゃいますけどね。それより悲しいのは、「私には無理だ」と落ち込ませてしまうことですね。私の姿を見て、落ち込む人がいるというのは、本当に辛いものです。

 

でも、私だって、周囲の目を気にしているような、余裕はありません。精一杯やらないと乗り越えられない難局が、これからも続いていくのですから。

もっと!を自分に課す

学ぶ教員の下でこそ、学ぶクラスが育つ。

学び合う教員の下でこそ、学び合うクラスが育つ。

もっと!を求める教員の下でこそ、もっと!を求めるクラスが育つ。

 

教員に成り立ての頃は、まともに授業ができなかった。しっかりした子が

「高橋先生の授業が下手なのは当たり前なんだから、私たちが頑張らなきゃだめでしょ!」

とクラスの他の子を叱っていたくらい下手だった。学級経営もめちゃくちゃ。集団の動かし方を分かっていなかった。だから、そのしっかりした子を苦しめてしまった。

それが「ちょっとマシになったかな?」と思えたのが3年目だった。自分が少し良い先生になれたような勘違いをした。その調子で4年目も乗り切った。

その勘違いが悪かったのだろう。5年目はダメダメだった。荒れはしなかったけど、覇気のないクラスだった。「いや、俺はやっぱり授業が下手だ。学級経営のことも」と強く感じ、それから授業や学級経営について本気で学ぶようになっていった。

 

1年目の私の授業は、食事に例えれば、料理になっていない料理、硬すぎる白米、出汁を入れ忘れた味噌汁、生焼けの肉や魚、味付けもただ醤油をかけただけ、野菜不足で栄養が偏っている。だから子供たちからすると

「高橋先生の料理は下手だけど、私たちが耐えて食べなくちゃ」

というような言葉になったのだな。

余談だが、今の学校では下手だけど食べようという感覚は皆無。コーンフレークだろうがカップラーメンだろうが買ってきた惣菜だろうが、とにかく「子供が美味しいと言うものを出せ!」というプレッシャーがきつい。若い先生からベテランまでいっぱいいっぱい。インスタントな実践が流行る。そんなの学びじゃないよな。昔から「すぐに食える冷凍食品」を求めるニーズはあったけれど、でも、あくまで緊急時用だったと思うんだよね。

 

さてさて。

私は3年目、4年目の時に、とりあえず子供好みの主菜を作るように頑張った。一品だけだけど、とりあえず食えるものを出す!ハンバーグをドーン!唐揚げをドーン!子供たちもある程度は満足。でも、栄養バランスめちゃくちゃだし、それが嫌いな子には結局我慢を強いていた。それでも、その時には満足していたのだ。子供たちが我慢しながらクソまずい料理を食べているのを見ていた1・2年目よりは笑顔だったから。「美味しい」と言ってくれたから。自分の精一杯だったから。私なりに学んだから、ちょっとは学ぶクラスへと育てられた、という面では、未熟な割に頑張ったよね、俺。

5年目は全くうまくいかなかったが、それはそれで幸運だったのだ。自分が作る料理は素人料理。プロとして恥ずかしいレベルだと分かったんだから。

プロとしてどんな料理(授業)を作れば良いのか。最初に目指したのは、二瓶弘行先生。今の私からすると意外だと思われるかもしれないが、20代の一時期、二瓶実践を追いかけていた。また、同僚の横山修先生も目標だった。福島県では有名な算数の大家である。

そうやって「もっと!」と学べば学ぶほど、自分に足りないものがあると次々に分かってくる。二瓶先生や横山先生を追いかけていく中で、自分にはどうしても救えない子がいることを痛感した。今の方向性でもっともっと!と自分を追い込んでいったら解決するのだろうか。これ以上頑張れるだろうか。自信がなかった。それでも、とりあえずやれる範囲で頑張っていた時、『学び合い』に出会った。もっともっとと追い求める気持ちは変わらないけれど、でも、方向性が変わったんだな。

その後も目標とした先輩はたくさんいる。中でも、やっぱり坂内智之さんと岩瀬直樹さんの存在は大きい。お二方のおかげで、私はもっとやらなきゃいけない、私はもっと頑張らなくちゃいけない、そう思い続けることができている。また、古田さんや藤原さんといった仲間とも出会い、学び続けているし、地元の学習会で学び合う仲間もできた。そのおかげで、私も学び合う効果を実感し、心から子供たちに求めることができる。

 

私がそれなりに楽しく教員生活を送っていられるのは、苦しんでいるからだ。満足してしまったら、多分、地獄になる。

楽しむためには、苦労しなきゃいけない。苦労も楽しむ、と言っても良いし、正しく苦労する、と言っても良い。

でも、若い先生には同じ苦労をさせたくない気持ちもある。満足しても良いよ!と言いたくなる。たださ、それだと地獄に進む道へ緩やかに誘導していることになるのかもしれない。

どうして、現状に満足すると、地獄へ進むことになるのか。それは、現状で地獄の苦しみに耐えている子がいるからだ。

「一人を見捨てた集団は、二人目、三人目を見捨てる。次は自分かもしれない」

『学び合い』では有名な言葉だが、真実であると私は思っている。因果応報だ。

だから私は、自分に「もっと!もっと!」と課す。それができなくなった時、私のようなダメ人間は、あっという間に地獄に落ちるだろう。

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低学年担任は難しいなあ。日々、そう感じている。

高学年担任と比べてどちらが大変か、という話ではない。教育という営み自体が、難しく、苦しく、でも大切なのだ。どんな学年、どんな学級、どんな子でも、教え育むことが簡単なわけがない。21年間、満足できたことなどない。

 

昨年は6年生。娘と同じ歳の子供たちを担任するのは、変に感情移入してしまって難しかった。

今年は2年生担任。かわいい。息子よりも小さい学年を担任するのは、初めての経験だ。学校再開当初は、あまりのかわいさに、赤ちゃん扱いしそうになってしまった。けれど、それじゃ育たないのは分かっている。かわいがりたい気持ちをグッと堪えて、ちゃんと「もっと!」を求める。そうすると、やっぱり伸びる。低学年の心はスポンジ。こちらが手渡したことを、びっくりするくらい吸収してくれるように見える。でも、そこに難しさもある。小さく見えても、ちゃんと7年間の人生経験がある。私に見えないだけで、スポンジにはその子の経験が染み込んでいて、個性が形成されているのだ。それぞれの個性に合わせて、手渡すものをカスタマイズする力量があればいいのだけれど、私には無理。となると、私は「一人も見捨てないクラスにしよう」という方針を示し、自らの課題に合わせて、それぞれにカスタマイズしてもらうしかない。結局は、どの学年でもやることは一緒なのだな。

 

昨日は、下校直前に、他学年の先生に頼まれ、他学級の児童から聞き取り調査。すると、教室から遠く離れたところにいた私のことろへ日直の児童が二人やってきた。

「キャプテン、帰りの会やってていいですか」

もちろんオッケー!私がいなくても、帰りの準備を整え、

「帰りの会やっていいんじゃない?」

「じゃあ、キャプテンに聞いてこよう」

という合意形成が行えるくらいにはクラスもまとまってきたんだなあと感じた。私が教室に戻ると、帰りの会が終わるところ。夏休みが明けたら、私に聞かずに帰りの会も勝手にやるようになって欲しいし、そのうち、私がいなくても勝手に授業を始めているようになっていくといいな。

こんな状況だから、なかなかやりたいことはできないけれど、でも、やりたいようにやれたことなんて無い。

1年後、2年後だけじゃなく、数十年後の幸せも考えて、柔らかいスポンジに水を撒く日々である。