『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

ちょっと回復

今日は早く帰れたので、昨日よりも優しい気持ち。昨日とはちょっと違うことを書きます。

 

「一人も見捨てない」という願いを持たずに『学び合い』による授業をやれば、かならず失敗します。学び合う中で苦しむ子が出ても「あの子は仕方ない」と考えてしまったら、問題が続発するからです。

けれど、「一人も見捨てない」という願いは、かなり暑苦しいものです。それを持ち続けられない人や最初から持っていない人がいても、私は責めません。もっていないことに気づいていない人も責めません。正直に言うと、数年前までは許せず、責めてしまったこともあります。今は、それは間違いだったと考えています。持ち続けられる人は少数派なのです。(増えて欲しいと願っていますし、そのためにやれることをやっていますけれど。)

じゃあ、持ち続けられない人はどうすればいいのでしょうか。『学び合い』に手を出すな!とでもいうのでしょうか。

いえいえ、そんなことは申しません。ぜひ、チャレンジして欲しいのです。

ただし、一人でやったら絶対にできません。絶対です。

でも、一人じゃなきゃ大丈夫!!

 

一人でできないなら、「一人も見捨てない」という願いを持っている人と繋がればいいのです。もしくは、自分だけでは見捨ててしまうかもしれないけれど、困った時に力を合わせれば、なんとか踏ん張れる仲間を見つければいいのです。

偉そうに言っている私だって、一人だったら挫けていたかもしれません。でも、同僚や地元の仲間と語り合うことで、「一人も見捨てない」心を保てています。

そして、このブログも心の支えです。こうして書くことで、「書いたことは実戦しなければ」と踏ん張れています。

やっぱり、多様な繋がりは得なのだと、身をもって感じます。

疲れのせいで、やさぐれています。

「一人も見捨てない」という言葉を使わずに『学び合い』による授業をすることは可能です。むしろ、前面に押し出し過ぎると、

「どうして見捨てるんだ!教えなさい!」

と、子どもに押し付ける授業になる危険性があります。

 

でも、「一人も見捨てない」という願いを胸に抱かずに『学び合い』による授業をやることはできません。絶対にできません。絶対です。

ぶらさずに

あるクラスでの授業。あまり理科が得意でない二人が、一生懸命に相談しながら学習していました。ゆっくりと、じっくりと、真剣に学んでいました。ただ、最後は少し時間が足りず、「全員達成」とはなりませんでした。

 

こういう時に、私は

「どうして教えないの?分かっている人が教えなきゃダメじゃないか」

とは絶対に言いません。

多分、得意な子がガツガツ教えてくれたら、もっと早く終わったでしょう。でも、それが本当に「分かる」こととは限りません。そして何より、子どもたちの関係を悪化させます。その二人を「学び合っても分かるようにならないダメな二人」と私が判断したことになり、二人の尊厳を傷つけることになるからです。

「今日の課題達成」という近くの目標に目を奪われて、「できる人ができない人に教えなさい!」と迫ると、「教える」「教わる」の関係が固定化し、いじめにさえつながりかねません。

 

得意でない子同士が学び合っていてもいいじゃないですか。「テストで40点の力の子2名が学び合って60点になる」ことも多々ありますし、これはとても素晴らしいことだと思います。教員が「教え手」を固定化させてはいけません。固定化は集団の敵です!

 

でも、ここで話は終わりではありません。私の場合、得意でない子同士の学び合いを認めた上で、

「頑張ったね!けど、もっと上がるよ!もっとできるよ!」

と求めます。

すると、本当に上がるのです。 間違いなく上がります。

 

上がるまでの道のりは、単純ではありません。いろんなドラマがあります。

二人でトコトン話し合うかもしれません。二人では分からないことがあって、他の子の力を借りるかもしれません。他の子が助けに来るかもしれないし、二人で誰かのところに聞きに行くかもしれません。誰に聞くか二人の意見が合わずに一時的に離れるかもしれません。そのまま離れているかもしれないし、また一緒にやるかもしれないし。

私には、それをコントロールすることは無理です。子どもたちの歩む道のりは、子どもたち自身にしか決められないのです。

ただ、子どもたちが道に迷わないためには、「多様な人と関わり、より多くの仲間を得て欲しい。そのために、一人も見捨てないことが得なのだと、学校生活を通して、実感的に学んで欲しい」

という私の願いをぶらさずに持ち続け、子どもたちに示すようにしています。

そして、それを実感するためには、チーム全体で課題を達成すること、その課題はどんどんレベルアップさせていくことが必要でしょう。課題のレベルアップが必要なのは、課題が難しくなればなるほど多様性が鍵となるからです。

 

ちょっとまとまらないのですがら眠いのでここまで…