『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント 繋がる国語科 アクティブ・ラーニング
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nao_takaの『縦横無尽』

福島県の小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。

当ブログの内容は、全てなおたかの個人的見解です。


あと2週間

『学び合い』のあれこれ 学級のあれこれ 授業のあれこれ 仕事のあれこれ

さて、卒業まであと2週間を切りました。今年度担任している学級には、次の3つを経験させてあげたいと考えてきました。それは

  • 自己決定の経験
  • やり直す経験
  • かっこつける経験

です。

自己決定させることは、今の小学校のシステムでは非常に難しい面があります。やるべきことがぎゅうぎゅうに詰め込まれたカリキュラムの中で、無駄なく効率よく学習を進めるには、教員がお膳立てをして、教員が主導してしまいがち。その方が楽だし。楽をしたい気持ちをぐっとこらえて、時間が許すかぎり、自己決定の機会を確保してきました。

また、ぎゅうぎゅう詰カリキュラムの中では、どうしても学習が単発で終わってしまいがち。次から次へとやるべきことが襲ってきて、立ち止まったり振り返ったりする余裕がなくなってしまいます。だから、子供たちが復習する時間をどうやって確保するかに腐心してきました。

そして、「かっこつける経験」。これは、「自分が今、どういう状態なのかを自分自身で捉え、同時に、自分をどうしていきたいかを考える経験」と言ってもいいでしょう。他人の目を気にするとか、空気を読むとか、そういうこととは全く別です。逆です。自分をちゃんと自分でコントロールしようよ、他者(それは、教員や親も含めて)に命令されたり操られたりしたら嫌でしょ?ということ。

 

この3つが今年、十分にできたかと言われれば、反省点も多々あります。だからと言って、残り2週間で急に慌てたように取り組んでも効果はないでしょう。
残り2週間の「まとめの仕事」は、今までやってきたこと矛盾することなく繋がっていくように、1年間の取り組みが結実するように、丁寧に取り組んでいきたいですね。

 

6年

仕事のあれこれ

私は、多くの教え子が「地元」に残って欲しいと思っています。と言う私が故郷を離れて暮らしているのですけれど、だからこそ、生まれ育った場所で生きることが羨ましくなります。

 

教え子達が数年後、数十年後に、この地で幸せに生きていくためには何が必要でしょう。

私が想像できることは

  1. 自分+αが食べていける仕事を生み出せる「トップランナー」がいること
  2. そのトップランナーと繋がり、支え、補完する「仲間」がいること
  3. その仲間と生涯に渡って付き合っていける「折り合いのついた関係」が結べていること
  4. その輪から漏れた人間も見捨てない最低限の繋がりがあり、それがある種の「相互補助的な保険」として機能すること

こんなところです。

学力向上に反対する気持ちは皆無ですが、行政の方々には学力向上以上に「繋がり」の大切さをもっと深刻に捉えて欲しいと願っています。愛校心も、地元愛も、今の学級が好きじゃなければ、育つはずがありません。

また、学力が高い子が地元に帰ってくるような「仕組み」が必要でしょう。優秀な子が有名大学に合格したことを、ただ喜んでいて良いのでしょうか。そういう優秀な子が戻って来るためには、工場の誘致ではなく、そういう子が起業できるような仕組みがあればいいのに。

 

そして我々も、もっと「仲の良い学級を作る」ということを真剣に捉えるべきです。仲が良いとは、楽しく遊ぶというだけでは不十分です。将来的には、一緒に働ける人にならなければいけないのですから。

 

小学校を卒業する子供たちが6年後、10年後にどんな人生の選択をするのか、公立校の教員だからこそ、真剣に考えたい。

あの日から、もう6年。そんなことを考えて過ごしました。

 

想像する

学校のあれこれ

現在でも、福島県内のあちこちで工事が行われています。その一つに「埋戻し」というものがあります。除染の際に出た土砂を詰めたフレコンパックが様々な場所に埋められているのですが、それを運び出し、その穴を埋めるための工事です。今後、福島県に「中間貯蔵施設」が作られるということで、今後はそこに運ばれると聞いています。

私からすれば身近にある「心配な物」を運んで貰えるもらえるのですから、中間貯蔵施設建設はありがたいと言えなくはありません。
でも、やっぱり「中間」がどれくらいの期間になるのかを考えると、心に影がさします。


学校から「心配な物」が遠ざかることを喜び、安心する一方で、故郷に「心配な物」が集まってくる方々の苦しさを、少しでも考えておきたいのです。
理解できることはないでしょう。けれど、それでも考えて、想像し続けます。


震災後、様々な分断に苦しめられている私にとっては、極めて重要な抵抗なのです。