ごくたまに
普段は他者の仕事に口を挟みたくない私ではありますが、若い先生に
「ちょっと気をつけてね」
という話をしたことがあります。保護者さんへの電話の仕方がかなり危なっかしかったからです。簡単に言えば、児童の忘れ物を今すぐに持ってきて欲しい、という電話でした。私は電話中の同僚に「学校で用意しましょ」と耳打ちしました。
その先生に悪気はないのかもしれません。児童のことを第一に考えるから、そういう電話になったのでしょう。でも、保護者さんの中には、仕事を休んで忘れ物1つを届けることが難しい方もいらっしゃいます。心理的にも、身体的にも、そして、少なくない保護者さんには経済的にも負担をかけることになるのだと理解しておいた方がいいでしょう。
そして何より、こちらが求めたことは求め返される、と考えておくべきです。もし、学校が何かをミスしたら「今すぐ何とかして欲しい」と求め返されるし、それを断わったら「私はあの時、仕事を休んで届けたのに!」と不満がますます大きくなります。私だったら、思っちゃうな。そうやって、ずっと学校は自分の首を絞めてきたのかも。
という話を、簡潔に伝えました。ちょっとでも伝わっていたらいいけど。
基本的にこういう口出しはしたくないのです。でも、こういうことを伝えなくちゃいけない立場と年齢になってきたのでしょう。人に「駄目出し」をするのは、好きではないのですが、たまには、まあ仕方ないですね。ごくたまにね。私に色々と教えてくださった先輩方も、こういう心境だったのでしょうか。
ちなみに、「私だったら、こう指導する」みたいなコメントはご遠慮ください(笑)そういうネタには困っておりませんので。
アドバイス
最近は、同僚の授業に助言なんぞをしなければならないケースが増えているのですが、そんな時に、気をつけていることがあります。
それは、自己主張しないこと。
例えば、指導案を見て
「ここがよくない」
「こういうやり方の方がいい」
「私ならこうやる」
「こんな授業もあるよ」
という話をしてしまうのが「自己主張」。こういう発言をしてしまうのは、心の中に「俺の方が良い授業ができる!」というおごりがあるから。それに、自分を褒めて欲しいからかもしれません。
けれども「これでいいと思います」と肯定するだけでは、せっかく話を聞きに来てくれた方に申し訳ありません。
私は指導案を見たら、授業者がどんな授業をしたいのかを読み取ります。読み取りきれない場合は、質問をします。その上で、授業者が目指す授業に近づくようなアドバイスを考えるようにしています。
「こういう授業にするには、ここが大切ですね」
「ここに時間をかけたいなら、削れるところはどこでしょうね」
「この活動は一度だけで理解するのは難しいから、単元の中で何回もやってみてはどうかな」
こんな感じです。
まあ、結局は、子供達に対するアドバイスと同じなんですよ。
レベルアップ
六月の半ば。4月から『学び合い』を続けているクラスでは分岐点を迎えている時期でしょう。
そろそろ、1時間に1課題で全員達成を目指すスタンダードな『学び合い』が苦しくなっているのではないでしょうか。
ここで安易に「全員できなくてもいいんだよ」なんて言うと、トップランナーが走らなくなってクラス全体が停滞します。
ここで強固に「全員達成だー!」と推し進めると、苦しい子が増えていきます。
じゃあ、どうすべきなのか。
これね、教えて差し上げたいのですが、答えは私には分からないのです。だって、「あなた」のことも「クラス」のことも分からないから。一番良いのは、あなたのこともクラスのことも見ている同僚と、ああでもないこうでもないと相談できること。それが無理なら、あなたのことを見ている近くの仲間と相談できること。私はそう、考えています。
ただ、そういう環境がない方も多いでしょうから、ちょっとだけヒントを。
私は5年生には
「学びのレベル1は全員達成できてるから、次は学びのレベルアップさせていこうね。レベル3もクリアできる人が増えたら、レベル4を教えるよ」
という話をしました。
6年生には
「ちょっと勉強のペースが遅くて、暇にさせちゃってるね。申し訳ない。ペースアップ⤴️できるように、考えておきます」
という話をしました。
学びのレベルを上げるのです。
じゃあ、どうやって?というのは、やっぱり直接会って、ああだこうだ言い合わないと難しいですね。