本気
『学び合い』による授業の実践者はよく「集団の2割が動けば、全体が動く」という言い方をします。私も言います。
でも、時には2割にも伝わらないのかもしれない、と考えながら語ることもあります。ピンとくるのは、もしかしたら集団のウチの1人だけかもしれないしゼロかもしれない、でも、きっと誰かが分かってくれるだろう、今すぐじゃなくても徐々に伝わるだろう。そう期待して語ることもあります。期待を超えて、祈りにも似た気持ちで語ることもあります。
もしかしたら、これって私の独りよがりなのかもしれません。ちゃんと子どもたちが「分かるような話」をするべきなのかも。
と迷いつつ、それでもきっと伝わるはずだと信じたいのです。「どうせ伝わらないから、レベルを下げて話そう」と考えたら、余計に聞いてもらえないでしょうからね。それよりも、伝えたいことを本気で語る方が伝わるはず。
ということで、1学期も暑苦しく語りまくったのでした。
1学期の授業は終了…。
寂しいので、夏休みに「自由研究のための理科室解放」を企画してしまった悪い私なのでした。