『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

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わたしが教員をやっているのは,自分の子供時代をやり直したいからです。
わたしがもっと頭脳明晰なら,タイムマシンを作り,幼少期の自分に
「人生,捨てたもんじゃない。投げやりになるな。大丈夫。頑張れ」
と言ってやりたいと思っています。が,残念ながらそれは無理そう。
なので,その代りに現代の子供たちに
「人生は捨てたもんじゃないぜ」
「諦めずに頑張ろうぜ」
「幸せになれるよ」
と伝えたいと思っています。


ですので,若い頃は自分の学級を見る時に「子供の時の自分」の姿を見ていました。
小学生の頃の自分がこの学級に居たら,本当に楽しめるだろうか。人生をやり直せるなら,この学級に居たいだろうか。
そういった視点で見ていました。


また,子供が産まれてからは,そこに「わが子」の姿を見るようになりました。
わが子がこの学級に居たら,幸せだろうか。親として,この担任・学級に安心して任せられるだろうか。
そういった視点です。


この視点って,若い頃に先輩に教わったことかもしれません。記憶にないのですが,自分が発見した視点ではなかったと思います。
この視点にはずいぶん助けられました。教師目線では見えないことが,いくつも見えるようになりました。


でも,最近は,こういった視点だけではマズイかなあと感じています。
わたしは変な奴です。多分,わたしの血を引く子供達もちょっと変です。
変な奴なんですから,多くの子とは違う感じ方をしているはずです。そういう変な自分の経験や感じ方を一般化し,全ての子供に当てはめてしまう危険性を感じます。
というか,子供達は千差万別なのですから,どんな教師の経験も感覚も,全ての子には当てはまらないのです。全員違うのですから,教師が必死に知恵を絞って作ったクラスでも,合わない子が出てきます。そうならない為には,一人一人が「自分が」楽しめ,「自分が」居心地がよく,「自分が」幸せで,「自分が」安心できる学級を作るようにするしかないのです。
もちろん,教師が「こういうクラスってどうよ?」と示すことはアリでしょう。ほとんどの児童は,学級づくりなんてしたことありませんから,最初のとっかかりは示してあげた方がやりやすいかもしれません。けれど,それは具体的な方法を示すのではなく,子供達が動きたくなるような夢のある提言であるべきです。明るく,温かく,希望に満ちた提言。
その上で,子供達は「自分の」ために「自分の」力で「自分の」学級を作るのです。
そして,そのための最善の方法は「みんなのことを考える」。みんなのことを考えるのが,最終的には自分のためになるのです。だって,千差万別な人間の中で,自分の利益を確保するには,弱肉強食・優勝劣敗のシステムではなく,共存共栄が一番ですから。


それが見えてくると,『学び合い』で「みんなが出来る」を求めることが怖くなくなります。
わたしは,以前よりも平気な顔で,「みんなが出来る」を求めるようになっています。普通の感覚の人なら「出来ない」と判断しそうなことも,「大丈夫。大丈夫。みんななら出来る!」って明るく強制しています。


こんなクラス,小学生の頃のわたしだったら,耐えられるかなあ。
「出来ない〜TT」って泣いて逃げるかもしれません。でも,やっちゃうんですよね,ウチの子供達。偉いなあ。すごいなあ。