同じようなこと
新しい学級を持つと、毎年、同じようなことを語っているような気がします。
学校が違っても、学年が違っても、子供たちに必要なことは何かを吟味していると、結局は同じようなことを伝えるしかないのです。
今年のクラスでも「乱暴な人や強い人の意見が通るクラスじゃなくて、優しい人の意見が尊重されるクラスの方が、生活しやすいと思わないか?」という趣旨の話を何度もしています。きっと、前任校の子供たちは「先生、また同じようなこと言ってるね」と笑うかもしれません。
でも、その再現性の高さが『学び合い』の優れている点だとも思っています。人間の本能に即した理論的な実践だからこそ、私のような者でも何年も実践できているのでしょう。逆に言うと、我流を入れるととたんに崩れるのが『学び合い』の怖さかもしれません。
とは言いつつ、私が語ることもマイナーチェンジはしています。今年多様しているのは「良いコミュニケーションを増やそう」という言葉。今年の子供たちは、コミュニケーションに飢えている印象。もっと関わりたいのね、と伝わってきます。でも、どうしても「安直なコミュニケーション」が増えがち。もっと質の高い関わりを増やしてあげたいな、と思っています。
ま、学校で質の高い関わりと増やそうと思ったら、授業が一番何ですけれど。だから結局、「一生懸命勉強しなさい」という同じようなことを毎年語っているのです。