『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

思い込みと発見と

愛着障害という言葉を聞くことが多くなった。私の勤務校でも「愛着障害について、もっと学ばないといけませんね」という話が出てくる。本当の意味で理解が広がるのは、数年かかるだろう。私もまだまだ試行錯誤の段階だ。

私が愛着障害というものを知ったのは、この本による。

発達障害と呼ばないで (幻冬舎新書)

発達障害と呼ばないで (幻冬舎新書)

  • 作者:岡田 尊司
  • 発売日: 2012/07/28
  • メディア: 新書
 

8年前の本である。学術の世界では、もっと前から問題提起されていたようだ。やっぱり、どんなものでも最先端から現場に広く伝わるには10年、20年かかってしまうのだろうな。私もたまたまこの本を読んだけれど、本当の意味で学ぶ必要性を感じたのは、かなり時間が経ってからだ。今までのやり方では太刀打ちできないクラスに出会ったのである。

そのクラスには、「どこが分からないの?教えるよ」と優しく声をかけた子に「うるさい!」と殴りかかる子がいた。

「先生じゃなきゃやだ!先生が教えてくれなきゃやだ!」と大声を上げる子がいた。

仕方なく、典型的な『学び合い』の授業を一時的にやめ、一斉指導的な授業をやっても「先生が他の人を指したから、もう勉強しない」と怒る子がいた。

落ちているものを「自分のものだ」と言い張る子もいた。

友達のものをわざと捨てたり、トイレに流したりする子もいた。

学び合っている人たちの間を走り回り、頭を叩いたり、蹴りを入れたりする子もいた。

粗暴な振る舞いをするそれらの子に恐怖心を抱き、教室に入りたがらない子もいた。

(私を知っている人でも「あ、あの学校のあのクラスだな」と分かってしまわないように、ちょっと改変して書いている。)

最初はどんな手を打てばいいか分からなかった。でも、直感的に「全ての子が発達障害なわけがない。だって、こんなに高い割合で、発達障害の子が集まるわけがないのだから」と思っていた。

その時、以前に読んだ「発達障害と呼ばないで」を思い出し、「ああ、これか」と感じたのだ。

 

だからと言ってその対処法がすぐに分かったわけではない。その年は、最初の半年間は悩みに悩んだ。

けれど、ある時、気付いた。

「あれ?どうして私はこんなに悩んでいるのだろう」

『学び合い』は授業方法ではない、授業理論だ、と度々言っているのに、私は「どうやって今までと同じような『学び合い』の授業をしようか」と悩んでいた。子供たちが違うのだから、授業の形は変わるのだ。

また、私は数人の「大変な子」のことばかり考えていて、クラス全体のことを十分に考えていなかった。「大変な子」との付き合いは、私は1、2年だけ。でも、子供たちは、残りの小学校生活も、中学校でも、その先も、付き合っていかなくてはいけない。今後、どんな距離感で付き合っていくのか(もしくは、接点を持たないのか)、どういう付き合い方をすれば良いのか、それを考え、試し、身に付けていくことが、必要なのに。

そして、私にとって最も大きな気付きは「どうして、少なくない子供たちが私に甘えようとするのか。逆に、拒絶する子もいるのか。それは、無意識のうちに、私が、親代わりを務めようとしているからじゃないか」ということだ。私は、あたかも親であるかのように振る舞ってしまう場面があったのではないだろうか。それ故に、子供たちは教員に甘えようとするのかもしれないし、親子関係がうまくいっていない子は必要以上に教員も拒絶するのかもしれない。「児童が教員に甘えるのは当然だろう」と言われたこともあるが、当然だと思うこと自体が間違った思い込みなのではなかろうか。

それから、子供との距離感を変えた。元々、少し遠目の距離を保つタイプだったが、離れるというより、ちょっと斜め上から見るようになった。普段は子供たちの視界には入っていない、でも、私は全体を見ている、それでいて、子供たちが見ようと思えばはっきりと目立つポジション。前は、もっと隠れようとしていたり、逆に、引っ張ろうとしたり、私の動きが不安定だったのだ。

この距離感について今まで書かなかったのは、まだ掴み切れていないからだ。以前は「若い先生は一歩引いて距離を保ち、ベテランはちょっと歩み寄る」くらいの距離感調整を考えていた。私は30代後半に「あ、子供たちが寄って来なくなった!」と感じ、これからはもう少し歩み寄らなくちゃ!と考えたなあ。

それなのに、最近は、私のようなおっさん相手でもガンガン距離を詰めてくる子が増えた。一方で「初めての男の先生だから怖い」と感じている子もいる。難しい。

だから、遠い・近いというだけでなく、3Dの動きが必要なのだ。3Dだと、距離が近くても、近過ぎない。この塩梅は、同僚の若い先生を見て参考にさせてもらっている。その先生は、子供たちから非常に人気がある。子供たちがガンガン寄ってくる。中には「反則技」を使ってその先生を独占しようとする子もいる。けれど、その先生は苦労しながらも、適切な距離感を保つようにしている。まだ「斜め上」に立つことができず、私からすると「もうちょっと視座を上げて!」と言いたくなる場面もなくはないが、でも、距離感は私より上手。私はやっぱりちょっと遠過ぎるんだよなあ。

 

ちなみに、だから私は子供たちに「キャプテン」と呼んでもらうようにしている。「先生」ほど真上でなく、「なおちゃん」ほど近過ぎない、「斜め上」の関係性。それを私なりに調整した結果が「キャプテン」なのである。くだらないことだけれど。