『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

切った尻尾は戻らない

架空の話である。

 

A先生が勤める学校では、産休に入った先生の後補充が決まらず、学級担任が一人足りない状況が続いていた。7学年が担任代わりとなっていたが、なかなか大変な状況であった。

しかし、やっと講師の先生が見つかり、一安心。と思ったのも束の間、その講師の先生は、特別支援学級の経験がない。一生懸命頑張っているものの、授業も学級経営も上手くいかないことも多かった。A先生も、度々手を貸したが、そう簡単に状況は好転しない。そりゃそうだ。児童も、教員も、育つには時間がかかるものだ。

 

そんな講師の先生に対して、7学年や管理職は徐々に苛立ちを募らせていく。それは言い過ぎだろう、パワハラじゃないか、という言動もあり、A先生は管理職に抗議したものの、管理職からは、いかにその講師の先生の指導が不適切かを説明され、必要な指導なのだと諭された。A先生は納得できない面もあったが、その場は一応、引き下がった。他の同僚もA先生に同調してはくれなかった。校内でも講師の先生は、陰口どころか、あからさまに蔑まれるようになっていく。
しばらくして、講師の先生は休むことが多くなった。そして、残念なことに、退職してしまった。

 

その後すぐ、新たな担任が見つかった。再任用の先生だという。経験豊富な先生が来るということで、管理職は安心しているようだった。

しかしながら、その後はどんどんひどくなった。新たな担任になって、そのクラスの児童は大暴れを繰り返すようになったのだ。授業を抜け出す、泣き叫ぶ、けんかをする、物を壊すといった様々な行動が起きるようになった。もちろん、以前からも多少はあった行動だが、比べ物にならないくらいエスカレートしたのである。

 

その理由は、A先生にはよく分かっていた。

以前の講師の先生は、未熟ながらも精一杯やっていた。至らない点も多々あるものの、それでも努力が実を結んでいることも多かったのである。
新たな担任の先生は、経験は豊富である。特別支援学級を担任したことも何度もある。それ故に、過去と同じような指導をした。簡単に言うと、“飴と鞭”である。がしかし、その指導ははっきり言って間違っている。今の60代は、平気で体罰をした。いざとなれば一発ぶん殴って言うことを聞かせればいい、という前提で、飴と鞭を使い分けていたのだ。今の学校ではというより、本来学校では、体罰は許されないことである。さすがに今の学校で、平気でそんなことをする人間はいないだろう。その分、嫌味で意地悪な方法で児童に鞭を打つ。それが児童の猛反発の原因である。

講師の先生が残ってくれていた方が、まだマシな状況だった。だからこそ、A先生は、講師の先生を助けようとしていたのだ。しかし、切った尻尾は戻らない。

 

管理職は、新たな担任へ何の指導もしなかった。
新たな担任は、「前の講師の指導が悪かったのだ」と何の反省もなかった。
児童は苦しんでいた。
A先生は心を痛めたが、自分も講師の先生のために大したことができなかったこと、その後も管理職に抗議をする程度の行動しかできず、それが児童を救うことに全くつながっていないこと、自分も同罪であることを自覚し、強く強く自分を責めた。A先生のクラスはそれなりにまとまっていて、「よい先生」と言われることが多いことさえも、「自分のことしか考えられいない、なんて駄目な人間なのだ」と自責の念を強めることにつながってしまっていた。

 

そして、A先生も退職をした。