『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。2月に単著発売予定「流動型『学び合い』の授業作り」発売

成長

最近、良いことばかり書いているので、たまには駄目なことも。


今日、自分の至らない点を2つほど痛感しました。至らないところなんて山ほどありますので、毎日のように反省してばかりですし、今日のように、「自分なんて教師を辞めた方がいいな」と思うような反省をすることも度々あります。


今日の反省点は、2つとも「自分の指導の弱さが分かっているのに、心の片隅で子供達の責任だと思いたくなっている自分」が原因でした。
子供達のせいじゃないと、本当は分かっているのです。でも、そうだと思いたい、という弱い自分を感じたのです。
一つは、学級全体に関わること、もう一つは、数名の児童に関することで。


思う通りにいかなかい時、その原因を子供達のせいにしてしまうと、際限なく責任逃れをしたくなります。そうなれば「楽」だと分かっています。
わたしは、自分が弱い人間だと分かっているので、その甘い誘惑に必死になって抵抗しています。
だって、その罠にかかったら、別の「苦」が待っているのも分かるからです。


でも、教職というものに課せられている責任はあまりに重くて、いつまで耐えられるか分からないというのが本音です。
今日の失敗を反省をしつつ、でも、どこまで頑張れるだろうか、と少し弱気になっていました。


そんな時、職場に1本の電話が来ました。
以前、担任していた子からの電話でした。「子」とは言えませんね。もう成人していますから。
同窓会のお知らせとお誘いでした。
わずかな時間の会話でしたが、20代の頃の「やる気だけで教壇に立っていた自分」を思い出すことができました。そして、その頃の「反省」と今の「反省」とを比べました。
すると、今日の帰りの会で子供達に語った
「完璧な人間なんていないじゃないか。人間にとって大切なのは、間違いがないことじゃなく、成長できているかどうかだよ」
という言葉が、ブーメランのように自分に返ってきて、突き刺さりました。
「完璧な教師なんていないじゃないか。大切なのは、成長できているかどうかじゃないか」


完璧じゃなくてもいい、ということではありません。完璧じゃない自分を嘆きつつ、日々、成長していかなくてはなりません。
日々反省、日々成長、時々休む。です。