『学び合い』 流動型『学び合い』 学びのカリキュラム・マネジメント アクティブ・ラーニング

nao_takaの『縦横無尽』

宮城県で働く小学校教員なおたかのブログです。『学び合い』(二重かっこ学び合い)を実践しています。単著「流動型『学び合い』の授業作り」を上梓しました。お手に取っていただければ幸いです。

「先生には言わないで」

ずいぶん昔の話だから、書いてしまおう。

 

若い時、めちゃ学級経営が上手い先輩と一緒に働いたことがある。授業中は規律がありつつ発言も活発、行事も盛り上がっていて、何でもクラス全体で協力して活動しているように見えた。

私だけでなく、他の同僚からも「力のある先生」と見られていた。

 

ある日、校舎内を歩いていたら、その先輩のクラスの子が泣いていた。私は「どうしたの?」の話しかけた。その子は「筆箱が…投げらて…」と途切れ途切れ説明してくれた。筆箱を高い棚の上に投げられてしまった。机の上に立っても取れそうにない。どうしていいか分からなくて泣いていたそうだ。

直ぐに棚の上から筆箱を取ってやり、「このこと、私から担任の先生に伝えておくよ」と伝えると、その子に「(担任の)先生には言わないで」と懇願された。時間は掛かったが、理由を聞くとこんな感じだった。

その日は担任の先生が出張のため、自習の授業が多かった。担任からは「先生が居なくてもしっかりやれるのが良いクラスだ」と言われ、みんな頑張って出された課題に取り組んだ。しかし、クラスでただ一人、その子は課題を終わらせることはできなかった。それを怒ったクラスのリーダー格の子が「勉強しないんだから、筆箱なんて必要ないでしょう!」と筆箱を投げたらしい。

その子の話だけなので、実際のところは分からない。もしかしたら、その子は自習中に遊んでしまったのかもしれない。だとしても、その子の筆箱を投げていい権利など誰も持っていない。

「ちゃんとやらなかった私が悪いんです。先生に言わないでください」と泣くその子に、私は「勉強のスピードは人それぞれ。終わらないことは悪いことじゃないよ」と話した。

 

今でも思い出すと、悲しさと苦しさを感じる。

その先輩の学級会経営が「下手」だったわけではない。これよりも酷い状況のクラスなんて山ほどある。どこのクラスでも、担任の知らないところで、泣いている子がいるかもしれないのだ。

そして、筆箱を投げた子を知るほどんどの人は「良い子」と感じていただろう。「良い子」が、そんなことをせざるを得ない理由があったのだ。もちろん、していい理由もないけれど。

 

今の私は、その時の先輩よりも年齢が上になり、こういうことが起きる因果が分かるようになった。

分かるようになったからこそ、こうしないことの難しさも分かる。多分、この時のこの先輩のクラスを見たら、ほとんどの教員が「素晴らしいクラス」と言うだろう。そして、素晴らしいクラスを作りたいと思う教員も多いだろう。

その思いに落とし穴がある。そして、その思いを、残念なことに、私も持っている。